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2011年9月22日 (木)

私の世界・子供のころ19―「適応遠足」

子供の頃の小学校では「適応遠足」なるものがありました。全校のマラソン大会です。今頃それをやるとPTAから「うちの子供を殺す気か?・・」と苦情が出そうな競技です。ほとんど練習もしない?で高槻を越え茨木まで?マラソンより遠い距離?を歩いて踏破?するものですが、整列して行進させないのでたいていみんなは走り出してマラソン競技になるのです。当時は交通事情が良く危なくなかったのでしょうが、一般道を何の規制もなく三々五々に小学生を走らせていたというすごい行事でした。

注)?はその記憶が無いと言う意味で、記憶違いがあるかも知れません

肥満児の私は当然大変でした。ビリでも折り返しまではとがんばって、何とかクリアしたのですがまだ同じだけの距離を帰らないといけません。

最後はビリ組みの数人で見守る先生と「トボ、トボ・・」と帰りました。足にまめが出来たのが潰れたようで痛くて殆ど泣きそうにして歩いたのです。

多分向日町辺りでPTAの会長さんがスクーターに乗って様子を見に来ました。余りにも私が痛そうに歩いているので「スクーターに乗せてあげる!・・」と言うのです。

悲しいけれど我慢して断ってしまいました。ビリ仲間の女の子に譲ったのです。会長さんはピストン運動で往復して数人を運びましたが最後まで乗りませんでした。乗せてもらう恥ずかしさの方が痛さに勝ってしまったのです。

小学校に着くとみんなは給食を終えて帰っていました。

給食は給食室で取るように言われて、行くとラッキーなことに「おぜんざい」の食べ放題が待っていました。これなら「来年もビリで帰ろ!・・」と思ったのです。

話しは別に:翌日、校長先生が朝礼で会長さんから聞いた話として、『最後までがんばった子の話?・・』をしたのですが、私は足が痛くてずる休みをしていました。級友から「お前ごっつう褒められてたぞ!・・」と聞いたのはその次の日です。ずる休みをして本当に良かったと思いました。みんなの前でそんな話をされる苦痛(恥ずかしさ)を比べるとマラソンの足の痛いのはなんでもないのです。幼い頃から精神的苦痛より肉体的苦痛をとる節がありました。

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