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2011年10月25日 (火)

私の世界・子供のころ26―尼寺のおばあさん

それが当たり前と思っていたのですがお盆などには碁をしに来るお坊さんとは別に尼寺から女のお坊さんがやってきました。

おばあちゃんよりかなりお年寄りで「やっとこ、せっ!・・」と言う感じで座布団に座ってお経を上げます。

小さな子供でも分かるほど着ているものが粗末というか、かなり使い古したような袈裟衣でかわいそうなおばあさんと感じたものです。お愛想なのか私によく声を掛けて、おばあちゃんに良い子だとほめるのです。終わっても男のお坊さんのように忙しそうに直ぐには帰らないのです。おばあちゃんと世間話をしてちゃんとお茶を飲んでお茶菓子を持って帰ります。お茶菓子を置いて帰らないところが少し残念というか「貧しいおばあさんだからしょうがないなぁー?・・」と子供心に思うのです。

みんなの家もお坊さんは男と女が来るものと思っていたのですが、子供なので聞かなかったのですが千代原は弥勒寺と阿弥陀寺の二つがあって特殊な事情があるようです。お墓は弥勒寺が管理していて派は違いますがどちらも浄土宗です。阿弥陀寺の方が歴史が古く元々尼寺のようです。子供のころ来ていたおばあさんは衰退した尼寺の最後の尼さんだったのです。

阿弥陀寺・由来

当寺の草創は、浄土宗西山深草派 総本山誓願寺の第三十九代法主 空覚照恵上人(応永三十四年七月九日寂)で、その上人の隠居寺とされている。千代原観音と称されている千手千眼観世音菩薩立像は、旧法華山寺のものであったと伝えられている。その後、尼寺となり明治時代に衰退しますが、昭和三十六年(1961)に、先代の赤壁住職が入山して復興しました。

法華山寺跡(峰ケ堂城跡)

法華山寺と呼ばれ,大永7年(1527)に炎上し,廃絶後,峰ヶ堂城が築かれた。寺は建保7年(1219)から貞応元年(1222)の間に証月房慶政が建立したと伝えられる。一方,城跡は『東寺百合文書』中に「峯城」との記載箇所がある。現在,曲輪・土塁・石垣・井戸などが残る。城跡の主郭部分は円丘になっており,南側に石材が散乱していることから,横穴式石室をもった古墳の可能性が指摘されている。(財団法人京都市埋蔵文化財研究所)

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