私の世界―『座礁船を最後に降りた4人の男たち』
デノーラ砂和子さんの続報『座礁船を最後に降りた4人の男たち』です。http://ameblo.jp/romanoheijitsu
誠実で勇敢なイタリア人もいると言う話です。
サンドロ・チンクイーニ氏は、ジリオ島の前で座礁した船から降りてきた、4人の男たちの1人。ジリオ島の副市長、若い士官、警察官、そしてチンクイーニ氏。彼らは、コンコルディア船の左サイドで動けなくなった、約500人の命を救った。
医師長サンドロ・チンクイーニ氏の会話
「船の中の医療体制は、2000人以上の船客がいる場合、
医師2人、3人の看護師が乗ることになっている。医局長の僕と、サポートする副医師が乗っていた。
船が岩にぶつかって衝撃を感じたとき、警報が鳴って、持ち場に戻れと言う指示があったから、僕らは、地下階にある病院に向かった。
けが人は出ていなかった。そして、船が傾き出したんだ。
緊急警報が鳴り、避難出口のある5階へ向かった。
途中で、僕は左側へ、副医師は右へ向かった。
右側は…そう、救助ボートに乗ることができた側だ。
副医師は、流れに従っただけ。
TVではうまく答えられてなかったけど、卑怯者ってことじゃないんだよ。
船は傾きつつあったけど、右側からは全員、救助ボートに乗れた。
そんなときに船に残り、反対側で何が起こっているか、見に行くなんて、誰にもできないだろう?救助ボートに乗った彼は、水に落ちた人を助けるなど、そこでできることをしたんだよ。」
「船員が船にいなかったというのも、違う。多くの船員は、船室や勤務時間外で私服でレストランにいた。見分けられなかったというなら、その通りだろう。
制服姿もカオスの中に紛れてしまった。でもいたのは確かだ。
船員も、ウェイターも、それぞれが自分のできることをやろうとしていた。
4000人の人間を動かすのは、並大抵のことではない。」
「僕のいた左側は、右側とは状況がだいぶ異なる。船体が下に傾いて、救助ボートをおろせなくなっていた。
男も女も、子供たちも混乱し、ものすごいパニック状態だったね。
でも僕は…不思議なことに落ち着いていた。陸がこんなに近い。
自分の仕事をしようと務めた。皆に慌てないようにと、繰り返していた。」
「パニックに陥った群衆は恐ろしい。誰にも僕の声は聞こえない。
全員が慌てふためいて、滑って、下へ落ちそうになっていた。
そして船がガタンと完全に傾いて、反対側から救助ボートに乗ろうとした人たちは、何かにはまって身動きが取れなくなってしまった。
そこへ、あのジリオ島の副市長が、ロープを持って現れたんだ。
彼と共に、上にあがれない人たちを、引き揚げた。
10人は、助けただろうか。床は傾斜していたから、引き縄が必要だったんだ。
最後に救助できたのは、インド人で、すでに首まで水に浸かっていた。
引き揚げたとき、彼はまだ後ろに何人かいると言っていたが、すでに見えなくなっていた…。」
「デッキから、星が見えた。」
「素晴らしい夜だった。静かで、混乱など興味がないかのようだったよ。
上のデッキにあがった人々は、すぐ近くに陸を見て、やっと落ち着きを取り戻してくれたから、僕は、医師としての仕事を始めた。
韓国人の船員の1人が、滑って骨を折っていたから、ネオンのカバーでギプスをして、震えていたから抱きしめて落ち着かせた。
…そして、すべてが終わった。
朝日が昇る頃、僕ら4人も船から降りることができたけど、副市長は残った。
もっとできることをしたかったんだね。でも、僕たちは可能な限りのことをしたんだ。」
「乗船客は、船とはどういうものか知る必要がある。そして、
知らせるために、説明が必要なんだ。「救助ボートへの指示が遅すぎた」と言う人がたくさんいるが、船を捨てる指示が出るまで、できるだけ船に残るのがプロセスなんだよ。
なぜなら、大型船は堅強だからだ。まあ、その指示が出せるのは船長だけなんだけどね。誰が逃げる指示を出したのかわからない。
秩序もプロセスも、何もなかった。」
「スケッティーノ船長は知りあって間もないが、海での操行技術は高いと聞いている。だが海は、人間の横柄さを許さないんだよ。」
「もし、真夜中に起きていたら、これだけの人数を救助できなかっただろう。」
ジリオ島の副市長、マリオ・ペッレグリーニ氏の話
(あの夜、救助のために陸から船に向かった)
「4000人の乗客を乗せたコスタ・コンコルディア船が、岩にぶつかったとき、誰も何も聞かなかった。」
「僕は、島の反対側にいたし、ジリオ島の1月は閑散としている。
あの時間、外は寒く、島民は家にいた。」
「あまりにも近い。ときどき海岸の近くを大型船が通るが、ここまで近づいたことはない。」
「救助された人々が僕たちの小さな港に到達したとき、救援のため、船内に向かおうと決めた。市長は島に残って群衆を誘導する、僕はゴムボートで船に向かった。」
「海に暮らす人間は、海をよく知っている。島民に感謝をしたい。心の底から。」
「僕は、船に着いてから、船体の右側から上にあがった。スゴイ混乱だったよ。
人々はすし詰めになり、なんとか船から逃げようとしていた。
僕はまず、状況を把握するためにスタッフを探したが、誰も見つけることが出来なかった。それで最初の20分程が過ぎてしまった。
とりあえず、クルーに取り残された人々がボートに乗るのを手伝った。
ほとんどの乗客がボートに乗り終えると、船の右サイドはだいぶ落ち着いてきた。それで、こちら側はもう大丈夫だろうと判断した。
問題は、傾きつつある船の反対側。左側は衝撃的だった…。」
「真っ暗で、壁が足元にあるような状態だった。
廊下はすでに浸水し、中に閉じ込められた人が、約500人程いただろうか。
パニック状態で、人々は滑りながら、必死に壁につかまっているようなあり様だった。そんな中、僕は梯子を見つけたんだ。
士官が、僕がたった一人見つけた船のクルー、彼が設置用意したようだった。」
この左サイドには、4人の男たちがいた。
ペッレグリーニ氏、若い士官、医師、警察官。
乗客が降り切るまで船を降りなかった男たち。
「誰もが大声で叫びながら、子供たちや老人を押しつぶし、我先にと押しあっていた。皆怖かったんだよ。
士官と共に、秩序を取り戻させ、梯子まで誘導しようと試みたが、水がどんどん上がってくる。
なんとか高い位置まで、人々を運ばなければならなかった。
自由に動けない老人たちもいたから、医者と警察官と一緒に、凍えるような寒さの中、真っ暗闇の欄干を伝いながら、運んだんだ。
このチームじゃなければ、やり遂げられなかっただろう。
突然できたチームだったけれど、真のチームだったよ。」
「士官と医師と警察官だ。」
「そして、水の中に、動けないでいる人々を見つけた。8人か9人だったか。
最後の力を振り絞って、腕で引き揚げ、医師と共にロープで引っ張り上げた。
怪我をしたアジア人の女の子もいたけど、全員上にあげることができた。
外に出たら、パニックはおさまってきた。
ボートがある、陸に上がれる。希望があることがわかったんだ。
それで、そこから降りるために調整をし、冷えた身体を寒さから保護するために、ゴムボートを切って、毛布代わりにする時間もできた。
その間、二つの調査をしたんだ。まだ誰か残っているかもしれないから。
念のため、調査は2回行った。
それから…全員で、船を降りたんだ。」
「船のスタッフは、ボートの運転の仕方もよくわかってなかったね。
ジリオ島の人々が迎えに来て、彼らを乗せたんだ。
島民は、海の人間だ。僕は、ワイン畑も好きだけど…、
彼らはまさに港の男たちだ。」
「陸にあがって、医師にビールを一杯ごちそうしたよ。
船の上で約束したんだ。だけど、そのあと見てないんだけど。他の二人も。
ぜひ見つけて、感謝を伝えたい。
一人ではできなかった、彼らがいたからできたんだ。」
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