« 騙されてはいけない474―今起こっている福島原発事故・「6号機の燃料プール冷却浄化系で海水漏えい?」 | トップページ | 私の世界・チーターをペットに飼う? »

2013年1月17日 (木)

私の世界・知らない世界―私掠船と海賊?

ネットのナショナルジオグラフィック・ニュースからです。

アメリカ南北戦争時代に海底に沈んだ、テキサス州ガルベストン沖に眠る砲艦「USSハタラス」の残骸が高解像度ソナーによる位置の特定が可能になり、「高解像度で画像化」という話です。

ただ、「私掠船」という言葉の意味を知りませんでした。

「戦争状態にある一国の政府から、その敵国の船を攻撃しその船や積み荷を奪う許可、私掠免許を得た個人の船をいう」そうで、私掠免許は「海賊免許」とも言われるのだそうです。

それで分かったのですが、洋画の海賊達が盗賊のくせに「何故あんなに平気と言うか、ジャックスパローは英雄気取りなのか?」 ということです。

政府のいわゆるお墨付きを貰っての海賊行為、“敵国”の船を略奪という「私掠船」の歴史があるからです。

内緒の話ですが王家も彼等の分け前、お裾分けを貰っているのです。

私掠船との戦い、南北戦争時代の砲艦

January 16, 2013

01

 150年前の111日、砲艦「USSハタラス」(手前)が、アメリカ連合国(南軍)の私掠船「アラバマ(CSS Alabama)」を追撃する光景を描いた絵画。アラバマは、ハタラスがテキサス州ガルベストンの港に築いた封鎖を突破しようとしていた。

 だが、ホーマー・ブレーク(Hommer Blake)艦長の指揮下で、ハタラスはこの“命を懸けた追撃”に完敗、砲撃で穴だらけの船体は海の底へと沈んだ。機関室には乗組員2人が残っていたという。

 考古学者のジェームズ・デルガード(James Delgado)氏は、記録によれば命を落とした2人はアイルランドからの移民だったと説明する。市民権を得るため、あるいは厳しい経済状況から逃れるために海軍に入隊したのではないかと、デルガード氏は推測している。「彼らは任務に全力を尽くした。炎と蒸気が充満した機関室で持ち場を離れなかったのだ」。

Photo

高解像度で画像化、南北戦争時代の砲艦

January 16, 2013

 アメリカ南北戦争時代の砲艦「USSハタラス(USS Hatteras)」(上)。2013111日、米国海洋大気庁(NOAA)が残骸の3D画像(下)を新たに公開し、かなりの部分まで詳細が明らかになった。

 ハタラスは150年前の1863111日にメキシコ湾で沈没した。その後、2008年のハリケーン「アイク」をはじめとする猛烈な嵐によって、残骸を覆っていた砂が取り払われたという。

 水深17メートルに沈む船体は、高解像度ソナーによる位置の特定が可能になった。

 NOAAの国立海洋保護区局の考古学者で、海事遺産の責任者を務めるジェームズ・デルガード(James Delgado)氏によると、画像の解像度はとても優れており、「ほとんど写真のようだった」という。また、デルガード氏のチームは、戦没者が眠る史跡のフライスルー・アニメーション(3次元空間内を自由に動き回り、さまざまな視点で対象物を表示する技術)も作成した。「海底に眠る博物館を仮想体験できる」と同氏は語った。

シリンダー(ソナー画像)

テキサス州ガルベストン沖に眠る、砲艦「USSハタラス」の蒸気機関のシリンダー(ソナー画像)。海底に埋もれていたが、ハリケーンなどで砂が取り除かれ姿を現した。

 米国海洋大気庁(NOAA)のジェームズ・デルガード(James Delgado)氏によれば、デラウェア州ウィルミントンで18619月に竣工、当初は「セントメアリー」という民間の外輪船だった。リンカーン大統領は同年4月、南部に対する海上封鎖を宣言していたが、海軍には十分な艦船が揃っていなかったという。

 早急な増強策に迫られていた海軍は、すぐにセントメアリーを購入して砲艦に改造、「ハタラス」と改名し、フロリダでの封鎖任務に投入した。

外輪の損傷

アメリカ南北戦争時代の砲艦「USSハタラス」の外輪(右舷側)。ソナー分析から、この外輪の1つと連結されているシャフトに歪みがあることもわかっている。米国海洋大気庁(NOAA)によると、船体が転覆した際に損傷したという。

「艦長と何名かの部下は、沈みかけた艦内に留まって事態の収拾に努め続けた」と、NOAAのジェームズ・デルガード(James Delgado)氏は語った。

私掠船(英語:privateer

戦争状態にある一国の政府から、その敵国の船を攻撃しその船や積み荷を奪う許可、私掠免許を得た個人の船をいう。私掠免許を「海賊免許」と呼称する場合もあるが、厳密には私掠船は海賊ではない。

私掠船の歴史

この慣習は16世紀の英国にはじまり、18世紀の英仏戦争中には非常に多数の私掠船が活動した。私掠船を運用するメリットは、海軍の常備兵力を削れることにあり、そもそも海外進出でスペインやポルトガルに後れをとった英国の苦肉の策でもあった。そのような意味で同時代の傭兵に類似する。反面、統制がきかず、同盟国や母国籍の船まで襲う者もあった。

ナポレオン戦争ではフランス側の私掠船が活躍し、交戦国・中立国に対し略奪し、大陸封鎖令を側面から支援した。

アメリカの南北戦争において南部連合政府は私掠船免状を発行したが、それにより活動した少数の私掠船はたちまち圧倒的に優勢な北部海軍により鎮圧された。独立戦争中にも私掠船と似た形態の軍事行動が行われた。

1856年のパリ宣言でヨーロッパ列強は私掠船の利用を放棄した。さらに1907年のハーグ平和会議で武装した商船[1]は軍艦として登録されるべきことが国際法として規定され、アメリカ合衆国を含む諸国もそれに従い、私掠船の慣習は消滅した。パリ宣言以後、戦時に民間船は特設艦船として用いられることとなった。

私掠船の収益

私掠船の航海で得られた利益は、国庫・出資者・船長以下乗組員に所定の比率で分配された。国家や出資者にとっては私掠船はおおむね儲かる事業だった。エリザベス1世がフランシス・ドレークに私掠免許を与え投資した際の利益率は、6000%にのぼったという説もある。(=ウィキペディア)

|

« 騙されてはいけない474―今起こっている福島原発事故・「6号機の燃料プール冷却浄化系で海水漏えい?」 | トップページ | 私の世界・チーターをペットに飼う? »

面白話・話のネタ」カテゴリの記事

知らない世界」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 私の世界・知らない世界―私掠船と海賊?:

« 騙されてはいけない474―今起こっている福島原発事故・「6号機の燃料プール冷却浄化系で海水漏えい?」 | トップページ | 私の世界・チーターをペットに飼う? »