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2013年8月27日 (火)

私の世界・知らない世界―プリピャチ、立ち入り禁止区域?(=除外地帯)に戻って暮らす人々

ネットの“English Russia”の「立ち入り禁止区域?(=除外地帯)の暮らし」:“Life In The Exclusion Zone”の写真集から選択・編集です。

プリピャチを知らなかったのですが、チェルノブイリの直ぐ側の都市で、事故直前の人口は約49,400人だったそうです。

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一部の人々、老人たちが、除外地帯(立ち入り禁止区域?)に戻って来っているのです。故郷のプリピャチの土地に住んでいることが、彼らにとって非常に重要なのです。この様な人々が1000以上に達したそうです。

紹介されている年をとったカップルは、10kmの地帯にさえ住んでいるのです。

プリピャチの廃墟

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老人たちの暮らしているお家

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驚くことに 携帯が通じます

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窓はきれいに磨かれ、庭は手入れが十分です

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井戸水を使っています

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鶏も一緒に生活

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農作物も作っているようです

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食材は豊かですが、線量計? があるようです

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プリピャチ

ウクライナの北部にある市である。1986年に起きたチェルノブイリ原子力発電所事故によって住民が避難したため現在は無人となっている。

市名は近くを流れるプリピャチ川に由来する。ベラルーシとの国境近くにあり、近隣にはチェルノブイリがあるが、プリピャチの方が原子力発電所に近い位置にある。

ソビエト連邦時代の1970年にチェルノブイリ原子力発電所の従業員用の居住地として創建され、同発電所が市中心部の4キロ南に位置する。当時は地図上にない閉鎖都市として存在していた。事故直前の人口は約49,400人であった。

エレベーター完備の高層マンションなどの近代的な建物・病院・カルチャーセンター・公園など様々な施設が建てられ、緑豊かな街だった。

事故後街がそのまま放棄されたため、ソ連後期(「停滞の時代」と言われたブレジネフ時代よりペレストロイカ開始前までの間の時代)の特徴をよく示したアパートなどの建築物などがそのまま残されたゴーストタウンと化している。

プリピャチは非常に近づきやすく、また道路上は比較的安全である。しかしプリピャチとその周辺は生活するには危険であり、放射性物質が安全なレベルまで十分に減少するまで約900年かかると概算している。そのためプリピャチを歩き回る際にはガイガーカウンターが必要となっている。全ての建物のドアは中に入る人の危険性を下げるために開け放してあるが、その多くは高レベルの放射性物質が蓄積しており、年間許容被曝量を超えてしまう危険性があるため、一般人立ち入り制限区域指定がなされている。地元ツーリスト主催での正規見学ツアーが存在するが、見学以後の健康に関して自己責任であるという旨が記載された書類に署名する必要がある。

またソ連軍の装甲車やヘリコプター、トラック、バギーも放棄してあるが、これらにも高レベルの放射性物質が蓄積している。

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