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2014年1月22日 (水)

私の世界・知らない世界―”Russo Japanese War”(その1)

ネットの“englishrussia.com”のRusso Japanese War”から写真を適当に選択・編集しました。

“English Russia”の写真集は時々説明が付いていないもの、“説明なし”があるのですが今回もそれなので、ウィキなどから意味の分かった写真を紹介します。

1905年(明治38年)94日(日本時間では951547分)にアメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトの斡旋によって日本とロシア帝国との間で結ばれた日露戦争の講和条約。アメリカ東部の港湾都市ポーツマス近郊のポーツマス海軍造船所において、日本全権小村寿太郎(外務大臣)とロシア全権セルゲイ・Y・ウィッテの間で調印された」ときの写真です。

条約はかなり日本の要求が無視? され、日本からすればかなり不平等な条約だったようですが、写真の日本人の位置がそれを物語っているようです。

多分ですが、ピンクの丸で囲んだ人がアメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルト(右)とロシア全権セルゲイ・Y・ウィッテです。

講和会議の写真

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小村壽太郎(すわって右)と高平小五郎(すわって左)、随員2名および米国人外交顧問ヘンリー・ウィラード・デニソン(立って中央)(=ウィキペディア)

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・講和会議は、19058月に開かれた。当初ロシアは強硬姿勢を貫き「たかだか小さな戦闘において敗れただけであり、ロシアは負けてはいない。まだまだ継戦も辞さない」と主張していたため、交渉は暗礁に乗り上げていたが、日本としてはこれ以上の戦争の継続は不可能であると判断しており、またこの調停を成功させたい米国はロシアに働きかけることで事態の収拾をはかった。結局、ロシアは満州および朝鮮からは撤兵し、日本に樺太の南部を割譲するものの、戦争賠償金には一切応じないというロシア側の最低条件で交渉は締結した。半面、日本は困難な外交的取引を通じて辛うじて勝者としての体面を勝ち取った。この条約によって、日本は、満州南部の鉄道及び領地の租借権、大韓帝国に対する排他的指導権などを獲得したものの、軍事費として投じてきた国家予算一年分の約4倍にあたる20億円を埋め合わせるための戦争賠償金を獲得することができなかった。そのため、締結直後、戦時中に増税による耐乏生活を強いられてきた国民によって日比谷焼打事件などの暴動が起こった。(=ウィキペディア)

日露戦争の戦闘の中心となった旅順港(海軍)と203高地(陸軍)の場所(遼東半島の先端部)です。

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旅順港と203高地

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203高地

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最終的に、旅順港内のロシアの軍用艦はことごとく撃沈されました。

旅順港内の状況

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