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2014年3月21日 (金)

私の世界・面白い話のネタ―探検家シャクルトン、『地獄の旅路』(その5)

ウィキの写真と、KODAK The Enduranceの写真集とを織り交ぜて選択・編集です。

エンデュアランス号と別れをつげると、彼らは救命艇(小船のカッター:7)を運ばねばならないことになります。

しかし、旅を始めてみるとすぐさま恐ろしい問題が待っていました。隆起した氷床が彼らを拒むように前に立ちはだかり、救命艇と物資を曳いて行けるような平らな地表がほとんどなかったのです。ときには、7日間で僅か18kmしか進めませんでした

なお悲惨なことに、月日が経つと南極に夏が来て気候が暖かくなり、海流が探検隊の位置を北へ北へと押しやります。そして、流氷が薄くなり亀裂を生じ、犬ぞりやカッタ-を曳いての移動の危険性はますます増大しました。

仕方なく氷上にテントを張ってキャンプ、 つまり定住、移動しないことにしたのです。ハーリー(写真家)は、「ほとんど“待ち”のゲームは、人の忍耐を疲弊させる」:Playing a game of wait almost wearies one’s patience,”と書いています。そして、新しい定住キャンプの名は“忍耐”と命名しました。

<位置>

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カッターを引いて

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『彼らの足をめちゃめちゃにぶっ壊してしまう氷原を離脱、男達は3隻の救命艇に乗って吹きさらしのエレファント島に向かいます。海氷上での497日の生活から、やっとしっかりした島の大地に到着です。カッターを裏返して屋根にすると、避難所になりました。避難所の中は氷柱の鍾乳石が壁を覆い、屋根は妙に突き出た足のような鍾乳石で飾られました。』は「KODAK The Endurance」の記述からです。

ウィキでは、

191649日、浮氷が裂けて隊のキャンプが二つに分断されたので隊員達は全員救命艇に乗り移り、結果的に移動力が増した。これにより隊員達を島へ向かわせることが可能になった。これならいつか助かると確信しつつ、シャクルトンはどこへ向かうべきか、可能な選択肢を検討した。最良の候補地は300キロメートル西方にあると思われるディセプション島だった。そこには難破した船員のための救難物資だけでなく、木造の小さな教会があるはずだったので、探検隊の大工がこれを解体すれば救命艇を改良するのに使えると思われた。他の候補地としては、3月頃には水平線上に現れたエレファント島とクラレンス島もあった。しかし覆いの無い救命艇は氷上でのキャンプに比べてはるかに過酷な環境だった。救命艇ではアザラシの肉や脂肪はおろか、氷でさえも手に入れるのが困難だったのである。また夜の気温は摂氏マイナス30度まで低下し、隊員達は常に海水でずぶ濡れだった。多くの隊員が凍傷にかかり、士気はかつてなく低下した。このためシャクルトンは最も近いエレファント島へ向かう他に選択肢はないと考え、7日後には彼らはエレファント島に到着した。」

とエレファント島へは非常に過酷な7日の船旅だったようです。

<位置>

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カッターを裏返して避難所に(エレファント島)

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エレファント島とディセプション島・・

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