« 私の世界・知らない世界―リオの「・・クソだまれー!」、軍や海兵隊の攻略作戦の街マリー!? | トップページ | 私の世界・面白い話のネタ―「合わない・・って、問題ないよ、僕らは仲良し友達」(再掲) »

2014年4月29日 (火)

私の世界・知らない世界―競輪界の変!?

競輪は近くに向町があって、子供が小さい頃「遊びに連れて行く!」に言付けて、休みに競輪をやっていると良く行きました。幸いなことに、倅達二人はその所為でギャンブルが嫌いのようです。場内に行くと、自分達に気が行かず目の色が変わるオットンの姿を知っていたのです。反面教師の典型です。

今は博打をするためのお金もなく、 というか、“賭け事は不思議なことにお金がないと勝てない” ので、このところは「見」に徹して(つまり、見ているだけ)、競争結果をネットのビデオで、村上兄弟など京都の選手の活躍を楽しんでいるのです。

注)「見」とは、レースの流れ(その日の車券の荒れる、荒れない)を見るために車券を買わずに見ること(競輪用語)

それと、自分に入るお金ではないのですが、大レースが終わるたびに獲得賞金ランキングを見るのが趣味でした。京都や関西の選手がもらう賞金が増えるのがうれしいのと、特に数字が好きなのです。

ところが、獲得賞金ランキングを見て、この頃何か変? と、いう感じをヒシヒシと感じていたのです。

2月にGⅠ・全日本選抜競輪を優勝した弟の村上博幸選手の4月の配分(出場予定)がないのに気付いて、病気か怪我? と心配していました。

今は、もっと凄くてこんなんです。

01_3 

競輪を知らない人は、“配分がない”といわれても分からないし、「この表の空欄、何処が変なの?・・」と思うと思うのですが、出場予定がないということは賞金が貰えず、収入がなく「飯の食い上げになる」ということです。そして、競輪ファンは上位実力者のレース車券がもう買えないのです。

3月にGⅠ・日本選手権競輪をお兄ちゃんの村上義弘選手が優勝してもの凄い事が起こっているのに世間(マスコミなど)は騒ぎません。

もっと言えば、誰に聞いても実力ナンバーワンの武田豊樹選手が去年、「敢闘の義務」違反? で制裁を受けて競争に出られなくなってから、何か変? でした。

この間から、競輪オフィシャルサイトを隅々まで見て、色々情報を得ようとしたのですが、何処にも何もありません。

ネットでやっと“エス・エス・イレブン”が発端の騒動であることが分かりました。ウィキの「日本競輪選手会からの独立発表→撤回→処分」を紹介しますが、本当のところは分かりません。

ただ、ウィキの最後に「約3か月にわたる、この一連の流れに関して、KEIRIN.JPJKAが管轄する競輪オフィシャルサイト)では、一切ニュースとして扱われなかった」とあります。そして、スポーツ新聞などのマスコミは大変なことが起こっているのに、碌な報道をしていないのです。

以下は制裁? としての5月から自粛欠場の表で、“12”は1年ということです。

03_3 

今日のGⅡ・共同通信社杯競輪は、福島の新田祐大選手が優勝、成田和也選手が2位ですが、新田選手は8ヶ月、成田選手は6ヶ月競争に出られません。競輪は、もう“終わり!・・”です。 多分!?

一般財団法人SS11(エス・エス・イレブン)

日本の一般財団法人。本部は東京都新宿区三栄町(2013年時点)。団体名は、競輪選手の最上級クラス“S”級“S”班の、東日本大震災が発生した2011”年における、全9選手によって立ち上げられたことが由来といわれる。この9選手は、(毎年)1230日開催のKEIRINグランプリ2011の出場選手(すなわち翌2012年大会前までの1年間のSS班)であり、各自34万円を出資して設立された。2012年の発足で、翌2013年に一般財団法人となったという。・・・

チャリーズ参加メンバー

02_3 

日本競輪選手会からの独立発表→撤回→処分

20131219日に記者会見。紆余曲折あり、2014312日に全23メンバーの自粛休場処分が決まった。

<発表>

20131219日、独立発表の記者会見

20131219日付の『スポーツ報知』によって、トップクラスを多く含む現役S級選手18人(3地区からの114県の選手)が従来の日本競輪選手会(本部所在地は板橋区)から脱会して、今後この「SS11」を母体とする「新選手会」を発足させる意向という情報が、報道された。

報道の通り同日午後、帝国ホテル(内幸町)で[9]記者会見が行われ長塚智広、武田豊樹、村上義弘、平原康多、新田祐大の5人が出席した。

選手たちの移籍(脱会)理由の一つに、2020年東京オリンピックの開催決定(201397日)があるという。「新選手会」の主な活動内容として、これを視野に入れた若手の育成活動や選手の環境作りなどを掲げた。18人の中には、選手活動と並行しながら、自転車競技(ケイリンやチームスプリント)のナショナルチームに在籍してきた者(中には五輪経験者も)が含まれており、日本競輪選手会サイドと考え方の違いがあったと見られる。なお選手たちは、あくまでも「今の競輪との両立をしながらオリンピックのメダリストも育てていきたい」という方針を表明もした。

その他に、現行の退職金(2017年まで約20%カットの方針、年金も2010年から支給が停止)・共済金制度への疑問もあったという報道もある。18人のうちのある選手は、あくまでも「お金の問題で選手会を出て行くのではない」としつつも、制度自体に問題があることを訴えていたという。

すでに退会届は18日に郵送され、19日に日本競輪選手会の本部に届いたという。19日の会見での長塚によると「60人くらいから移籍したいと言われている」とのことだった。

20131227日、日本競輪選手会側の会見

この件については綱紀審議委員会に諮られた。日本競輪選手会側は27日の理事会後、同日に立川競輪場(翌28日からKEIRINグランプリ2013シリーズが開催される)にて、坂巻正巳専務理事(茨城支部長・55期)らが会見を行った。

その時点で脱会届を出している選手は4人増の計22人となっていたが、まだ「不受理としている」状況(各地区の支部長を経由しなくてはいけない不備が理由)であると発表。1月下旬に開く予定の臨時総会にて改めて、(退会扱いでなく)除名処分を審議することが全会一致で決まったことを報告した。「選手会の規則を乱した」ことを問題視してのことだった。

なお、暮れの大一番であるグランプリ直前という状況もあり、坂巻専務理事は「今回のことでお客様に心理的な要素を与えたくない」とも訴えた。

<撤回・謝罪>

2014120日、撤回・謝罪

年が明けて120日、全選手が謝罪(一部の選手は同日に本部を訪れたという)と共に退会届を撤回したことが、日本競輪選手会によって同日に発表された。また、当初検討していた除名処分については、臨時総会(翌21日に開く予定だった)に付議しないこととしたという。最終的な人数は、年末より1人増えて計23人となっていた。

なお、111日の時点で一部の選手が日本競輪選手会への復帰意思を表明していたという情報が、121日付の『日刊スポーツ』の報道で明らかとされた[20]。また、同日の紙面にて、日刊スポーツ評論家(競輪担当)を務める中野浩一(日本自転車競技連盟の副会長でもある元競輪選手)は、個人的な意見として「彼らの気持ちは分かる部分もある」としたものの、多大な混乱と迷惑を及ぼしたこと、慎重な行動をすべきだったという見解を表明した。

その後

121日に予定通り臨時総会が開かれ、13選手が出席し反省の弁を述べた。

また214日には長塚・武田・村上・平原・新田・伏見の6選手が謝罪会見を開き、改めて謝罪の意を示したが、同時に長塚が「(競輪を統括する)JKAの石黒克巳会長と会食の際に(移籍について)話をしたことがある」と語り、本件について事前にJKAと話し合いが持たれていたことを示唆した。なおSS11自体についても伏見が「個人的には解散したほうがいいと思う」と語っている。

除名処分は回避されたものの、225日に開く予定(早まる場合も想定された)の綱紀審議委員会で協議され、3月の理事会にて何らかの形での処分内容が決定される可能性が生まれた。

<処分の決定>

綱紀審議委員会

予定していた通り225日に、綱紀審議委員会(理事会の諮問機関)が本部で開かれ、各地区の支部長ら計11人が出席[25]。約5時間半にわたり23人の制裁措置について協議されたが、秘密会を理由に処分内容は報道陣に明かされなかった。312日の理事会で承認を経て最終決定される運びとなった。

2014312日、理事会・支部長合同会議

予定通り312日に、理事会・支部長合同会議が開かれた。23人全員に、51日からの自粛休場勧告という処分が下された。期間は、長塚・武田・村上(事情聴取によって関わりが大きかったと判断された)の3名が「1年間」、1219日の会見に臨んだ残りの2名である平原・新田が「8か月」。その他の18名が「6か月」。

4月から自粛欠場する意向を伝えていたが、既にGII・第30回共同通信社杯(426日開催)までの出場斡旋が発表されており、混乱を避けるために5月からとなったという。

出席者(20人の理事と各支部長の計42人が招集された)の中には「思っていた以上に重い」という印象を持った支部長もいるという情報があり[29]、今回に関しては昨年末と異なり全会一致でなく多数決によって決まったという報道もある。ちなみに、(自粛休場よりも重い)引退勧告も選手会における処分の選択肢にあるが、会議の中で話に出なかったという情報もある。

なお、約3か月にわたる、この一連の流れに関して、KEIRIN.JPJKAが管轄する競輪オフィシャルサイト)では、一切ニュースとして扱われなかった。(=ウィキペディア)

|

« 私の世界・知らない世界―リオの「・・クソだまれー!」、軍や海兵隊の攻略作戦の街マリー!? | トップページ | 私の世界・面白い話のネタ―「合わない・・って、問題ないよ、僕らは仲良し友達」(再掲) »

震災・原発事故」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 私の世界・知らない世界―競輪界の変!?:

« 私の世界・知らない世界―リオの「・・クソだまれー!」、軍や海兵隊の攻略作戦の街マリー!? | トップページ | 私の世界・面白い話のネタ―「合わない・・って、問題ないよ、僕らは仲良し友達」(再掲) »