« 騙されてはいけない1227―今起こっている福島原発事故・「地下水観測孔4箇所の全β、過去最高値!?」 | トップページ | 騙されてはいけない1228―今起こっている福島原発事故・「溢れる汚染水、“薄めて海に放出”を検討しては・・とIAEA調査団長!?」 »

2015年2月17日 (火)

私の世界・知らない世界―エジプト軍のISIS拠点を空爆、リビアのデルナ!?

ネットのCNNのニュースから『エジプト軍は16日、イスラム過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」がエジプト人労働者の集団を殺害したとする動画を公開したことを受け、報復として隣国リビアのISIS拠点(リビア北東部デルナ)を空爆・・』という話しです。

空爆のデルナ(ダールナ、ダルナとも云う)

03 

01_2 

「エジプト、リビアのISIS拠点を空爆」はCNNの記事を読んでください。ただ、リビアの“デルナ”は遠い? 昔(1805年)の“バーバリー戦争”:「主にアメリカ合衆国と北アフリカの現リビアに存在したカラマンリー朝(イスラム教の都市国家:海賊をしていたのでイスラム国に似ている?)との間で行われた二度の戦争」という、アメリカ海兵隊にとって初めての海外派遣の本格的な戦いで勝利をおさめた土地です。

それも、「たった7名のアメリカ海兵隊の分遣隊が傭兵を募集、それに応じた約500名のキリスト教徒及びイスラム教徒で構成された部隊が、トリポリ側のハッサン・ベイ率いる約4000名の部隊と戦った・・」というものです。

ただ、「傭兵を募集」というのはイスラム国の“リクルート(給料を払い兵士を募集)”を思い起こさせますし、「捕虜の身代金を海賊の要求どおり支払えない(支払わない・・)ため、この事態に至って、実力による解決を選択・・」というのも何か? 「歴史は繰返される・・」という感じです。

アメリカ海兵隊の傭兵が「キリスト教徒及びイスラム教徒で構成・・」の一緒くたの混合編成なのも、昔年ならではのことですが、ここも、西欧諸国が入り乱れて取り合い? の陣取り合戦をしたところです。

デルネの戦い(1805427日~同年513日:ウィキより)

02 

『エジプト、リビアのISIS拠点を空爆 殺害動画への報復

(CNN) エジプト軍は16日、イスラム過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」がエジプト人労働者の集団を殺害したとする動画を公開したことを受け、報復として隣国リビアのISIS拠点を空爆した。エジプトの国営ニュースサイト「アフラム・オンライン」が伝えた。

軍によれば、リビアでの報復攻撃は同日2回目。1回目もISISの拠点や訓練施設、武器庫を空爆したという。

軍は国営テレビを通した声明で「エジプト国民の流血に報復し、犯罪者や殺人者を罰することはわれわれの権利であり義務である」と述べた。

エジプト外務省は、国境に近いリビア北東部デルナで空爆が実施されたと発表。リビアのテロ勢力を放置すれば「国際平和が脅かされる」と強調した。

空爆による死傷者や建物損壊の状況は明らかになっていない。

リビアでは昨年12月と今年1月の2回にわたって、エジプトの貧しい村から職を求めて入国したとされるキリスト教の一派、コプト教徒のグループが拉致され、計21人が人質となっていた。

ISISは15日、宣伝部門「アルハヤト・メディア」を通し、このグループとみられる十数人の首をはねて一斉に殺害したとするビデオを公開。エジプト当局者は人質の21人全員が死亡したとの見方を示した。

エジプトはイスラム教徒が国民の多数を占める国だが、シーシ大統領は15日、全国に1週間の服喪期間を宣言。同時に、同国はしかるべき方法とタイミングで殺害犯に報復する権利を持つと警告していた。エジプト外務省は国際社会に支援を呼び掛けた。

米政府はISISによる「際限のない蛮行」を非難する声明を出した。ケリー米国務長官はシュクリ・エジプト外相への電話で弔意を表した。

エジプト北東部のシナイ半島でもISIS系の武装組織が攻撃を繰り返し、先月だけで数十人の死者が出ている。

リビアでは2011年にカダフィ政権が崩壊してからの政治的空白に乗じ、ISISが勢力を伸ばしてきた。CNNは昨年11月、ISISがデルナを完全に掌握したと伝えていた。ISISはリビアの海岸に沿って東部ベンガジや中部シルト、さらには首都トリポリにも拠点を拡大しているとされ、先月末にトリポリの高級ホテルで起きた襲撃事件で犯行声明を出した。

リビア国内にもともとあった過激派組織がISISと自主的に連動しているとの指摘もあり、ISISの支配が北アフリカまで及ぶ事態が懸念されている。

バーバリ戦争(Barbary Wars)

主にアメリカ合衆国と北アフリカの現リビアに存在したカラマンリー朝(イスラム教の都市国家)との間で行われた二度の戦争。戦争の名称は、戦場となった地中海の北アフリカ沿岸が「バルバリア海岸」と呼ばれていたことに由来する。このころ、地中海ではオスマン帝国の独立採算州であった地中海沿岸の北アフリカに所在するバーバリ諸国が配下の武装組織であるバルバリア海賊の武力を背景に地中海を通過する商船から船籍国から「通行料」と称する上納金を徴収していた。戦争に至った経過は、アメリカ合衆国が独立直後の財政難のために値上げされた通行料を支払えず、怒った海賊がアメリカ商船を襲撃し、捕虜を奴隷として売り飛ばそうとしたためであった。アメリカ合衆国は財政難により、捕虜の身代金を海賊の要求どおり支払えないため、この事態に至って実力による解決を選択した。アメリカ海軍はアメリカ海兵隊とともにこれらの海賊都市を攻撃し、海賊の頭目にアメリカ商船を襲撃しないことを誓わせ、地中海における安全な通行権を得ることとなった。・・・

デルネの戦い(Battle of Derne

1805427日から同年513日にかけて行われた、第一次バーバリ戦争における唯一の陸上での大規模な部隊同士の衝突による戦闘。プレスリー・オバノンを隊長とする7名のアメリカ海兵隊の分遣隊及びアメリカ合衆国側の理念に賛同して傭兵の募集に応じた約500名のキリスト教徒及びイスラム教徒で構成された部隊が、トリポリ側のハッサン・ベイ率いる約4000名のバルバリア海賊の部隊との間でトリポリ側の根拠地であったデルナをめぐる戦いを繰り広げた。・・・なお、この後、アメリカ軍がトリポリ市街へ突入する前にトリポリ側が講和に応じたため、事実上の最終決戦となった。・・・この戦いはアメリカ海兵隊にとって、初めての海外派遣での本格的な戦いであり、決定的な戦力差を覆して勝利をおさめたプレスリー・オバノンの指揮官としての功績とともに、海兵隊讃歌の歌詞「To the shores of Tripoli」に反映され、今日に伝えられている。

デルナ(Derna)

リビアの都市。人口80000人。リビア東部に位置し、地中海に面する港町でデルナ県の県都である。デルナは緑の山を背後に抱え、地中海と砂漠に挟まれたリビアのなかでもユニークな環境を持っている。・・・

デルナの歴史は古く、ヘレニズム時代にはすでにキレナイカの五都市(ペンタポリス)地区の中のひとつとなっていた。なお、ペンタポリスの5つの都市とは西からアポロニア、キレネ、プトレマイス、バルス(現在のマルジュ)、トクラを指し、デルナはその中には入っていない。当時はDarnisまたはDarneと呼ばれていた。ローマ帝国時代にはDarnisまたはDernaと呼ばれるようになった。

ローマ帝国時代にはキレナイカの宗教中心地となっていた。その後イスラム化され、1493年にはナスル朝の滅亡によってアンダルシアから流れ出たイスラム難民を受けいれている。オスマン帝国の支配下に入ると、デルナはトリポリの管轄下に入り、トリポリにカラマンリー朝が成立するとその支配下にはいった。1772年にはデルナで最も古いモスクであるAl-masjeed al-ateeqがマフムード・カラマンリーの手によって立てられている。1800年には、フランスの提督がナポレオン・ボナパルトのエジプト遠征を支援するためデルナに上陸しようとしたが、地元の守備隊に撃退された。

デルナの街を攻撃するアメリカ海兵隊1805年にはアメリカ合衆国とカラマンリー朝の間に第一次バーバリ戦争が起き、エジプトのアレキサンドリアから西進してきウィリアム・イートンとプレスリー・オバノン率いるアメリカ海兵隊とカラマンリー朝が激突し、ダーネの戦いがおきた。この戦いでアメリカが勝利して、デルナは一時アメリカに占領された。カラマンリー朝滅亡後、1835年にはベンガジのサンジャクの支配下に入り、イスタンブールのオスマン政府の統制を受けることとなった。 1875年にはキレナイカvilayetの一部となった。1850年代には4500人がデルナに住み、農業、漁業、沿岸交易によって生計を立てていた。その後、イタリアの植民地となった。

第二次世界大戦において、デルナは北アフリカ戦線の舞台となった。1941130日に、オーストラリア軍がイタリア軍からデルナを奪取した。194146日に、ドイツ軍がデルナを再占領したものの、19421115日に、イギリス軍はデルナを取り戻した。

2011218日、2011年リビア内戦のごく初期にデルナは反カダフィ派の支配下に入り、内戦終結まで一度も奪回されず、反カダフィ派の拠点となっていた。・・・(=ウィキペディア)

|

« 騙されてはいけない1227―今起こっている福島原発事故・「地下水観測孔4箇所の全β、過去最高値!?」 | トップページ | 騙されてはいけない1228―今起こっている福島原発事故・「溢れる汚染水、“薄めて海に放出”を検討しては・・とIAEA調査団長!?」 »

知らない世界」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 私の世界・知らない世界―エジプト軍のISIS拠点を空爆、リビアのデルナ!?:

« 騙されてはいけない1227―今起こっている福島原発事故・「地下水観測孔4箇所の全β、過去最高値!?」 | トップページ | 騙されてはいけない1228―今起こっている福島原発事故・「溢れる汚染水、“薄めて海に放出”を検討しては・・とIAEA調査団長!?」 »