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2015年4月27日 (月)

私の世界・知らない世界―ゴラン高原の相克、イスラエルとシリア!?

ネットのCNNのニュースから、「イスラエル軍は26日夜、シリアとの境界に位置する占領地ゴラン高原で武装グループを空爆・・」という話しです。

イスラエルが占領地とするゴラン高原は、「1967年(第三次中東戦争以降)から1981年まで占領して軍政下に置き、後にクネセトによってゴラン高原法に基づく民政下に置かれた。イスラエルを除く当事国、および国連のどちらもこれを認めていない」というものです。

そのゴラン高原ですが、ドルーズ派(イスラム)やチェルケス人(ロシア系?注))という聞きなれない人達が住んでいます。

最初の写真は、「ドルーズ派住民の入植村の遠景(1978年)」で、ヘルモン山はゴラン高原の北端部にあり、その20kmほど南には、マサダ(Masada)というドルーズ派の町(入植村が発展?)があります。

01 

イスラエル人の入植地は1970年代にカツリン(Qatsrin)という町ですが、こちらはかなり都市的な施設が整っているようです。

02 

注)“チェルケス人”はウィキによると、「もともとコーカサス北部に居て、帝政ロシア時代に迫害を受け、コーカサス戦争でチェルケス人が激しい抵抗を行い、チェルケス人虐殺で鎮圧された。戦後のロシア革命の頃、ムスリム住民がオスマン帝国へ移住・・」ということで、もう少し勉強してから、また報告します。

コーカサス戦争:1817年~1864年の間、北コーカサスを支配しようとするロシア帝国とコーカサスのチェチェン人・ダゲスタン人(アヴァール人, レズギン人, クムイク人等)・カラチャイ人・チェルケス人・アブハズ人・アバザ人・ウビフ人等の間で行われた戦争。

『イスラエル軍、ゴラン高原で空爆 標的は「武装集団」

エルサレム(CNN) イスラエル軍は26日夜、シリアとの境界に位置する占領地ゴラン高原で武装グループを空爆したと発表した。

発表によると、「武装したテロリスト」とみられる4人グループがシリア側から侵入し、イスラエル軍を狙って境界付近に爆弾を仕掛けようとしていた。軍は空爆によってこれを阻止したという。

イスラエルのメディアは軍情報筋の話として、武装グループの4人のうち3人が死亡したと伝えた。グループがどの組織に所属していたのかは明らかになっていない。

ゴラン高原は、1967年にシリアからイスラエルの占領下に入った。ユダヤ教徒やイスラム教のドルーズ派、アラウィ派の信者ら約4万1000人が住んでいる。

<ゴラン高原(Golan Heights)>

イスラエル、レバノン、ヨルダンおよびシリアの国境が接する高原である。以前はシリア高原と呼称されていた。

シリアおよび国際連合は同高原をアル・クナイティラの施政区域(クネイトラ県)の一部であると考える。シリアの砲台のある土地であったために、イスラエルは第三次中東戦争以降同地の占拠を続け、「ゴラン高原」の用語の使用に反対を示している。

帰属問題

イスラエル国防軍が1967年から1981年まで占領して軍政下に置き、後にクネセトによってゴラン高原法に基づく民政下に置かれた。イスラエルを除く当事国、および国連のどちらもこれを認めていない。国連安全保障理事会が決議497「イスラエルの併合は国際法に対して無効である」旨を採択し、同地がイスラエルによって不当に併合されたシリア領であるという見解が固定化した。しかし、イスラエル政府は「併合」であると認めていない。

1981年の法律でイスラエルは第三次中東戦争以降同地に留まるシリア人にイスラエルの市民権を与えた。一部のユダヤ人およびシオニスト組織はゴラン高原を自由なユダヤ人の土地であるとしているが、この見解は現在のイスラエル政府の見解とは反し、また国際的にほとんど支持されていない。

シリアとイスラエルは現在もゴラン高原の領有権を争っているが、第四次中東戦争停戦後の1974年以来、武力行使を行っていない。ゴラン高原の戦略的および水源地としての大きな価値は、両国の交渉が不確かであることを意味している。

国際連合のPKO・国連兵力引き離し監視隊(the United Nations Disengagement Observer Force, UNDOF)は1974年に設立され、停戦合意の実施を監視し、地域の現状を維持している。現在1,000名を越える国連平和維持部隊が平和の維持に従事している。 日本も1996年から自衛隊を派遣していたが、情勢の悪化に伴い2013年に撤退している。自衛隊ゴラン高原派遣も参照。

さらに、レバノンはヘルモン山の領域にあるドヴ山のシェバ農場として知られる地域の割譲を要求しており、シリアの公式見解は農場はレバノン領であるとしている。しかしながら、レバノンからイスラエル軍の撤退を確認するために2000年に派遣された国連のチームは、ゴラン高原の一部としての農場がシリア領と同一であることを間接的に保証した。

コミュニティ

ゴラン高原には多くのドルーズ派およびチェルケス人の集落が存在する。イスラエル人の入植地は1970年代にカツリンの町が建設されたことに始まり、多くのキブツおよびモシャブが建設された。イスラエル以外の国はゴラン高原でのその居留地の合法性を認めていない。

シリアはゴラン高原をクネイトラ県の管轄内としているが、その県都クネイトラは第三次・第四次中東戦争の間はイスラエル占領下にあり、シリアの手に戻った現在も廃墟のまま保存されている。

<ドゥルーズ派>

レバノンを中心に、シリア・イスラエル・ヨルダンなどに存在するイスラム教(イスラーム)系の宗教共同体。レバノン内戦時は、キリスト教徒のマロン派と激しく対立した。

歴史的にはシーア派の一派イスマーイール派から分派したものだが、教義からみてシーア派の枠内に収まるかは微妙で、イスラム第三の宗派と呼ばれることもある。さらにイスラム教の枠に収まるかも怪しいと考えられ、多くのムスリム(イスラム教徒)はドゥルーズ派はイスラムではないと考えている。

ドゥルーズ派共同体の成員は民族的にはアラブ人で、中東全域でおよそ100万人が存在するとされる。北アメリカ・南アメリカ・ヨーロッパなどにも海外共同体が存在する。ドゥルーズ派はまた、その成立に至る経緯や彼らの居住地域において単独で多数派を形成しきれず、他宗教・他宗派と対立・協調を繰り返してきたことから、全体として世俗的・進歩的な政治スタンスを支持する傾向がある

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