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2016年5月30日 (月)

私の世界・知らない世界―「アリストテレスの墓を発見・・!?」

ネットのCNNのニュースから「古代都市スタギラの遺跡で、古代ギリシャの哲学者アリストテレスのものとみられる墓が発見・・」と言う話で、スタギラ(“Stagira”)はアリストテレスの生誕(紀元前384年)の地なのです。

ギリシャ人考古学者がアリストテレスの墓を発見したと主張している

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そのスタギラ(“Stagira”)はギリシャ北部テッサロニキの東約64キロの地点のオリンピアダ(“Olympiada”)の側の小さな半島部にあります。

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マップの航空写真を拡大、近くに寄るとそれらしき遺跡が見られますが、残念ですがお墓がどの辺りかは不明です。

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半島の根元の道路からストリートビゅーで遺跡らしきもの? が少しだけですが覗けます。

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アリストテレスは母方の故郷であるエウボイア島のカルキスで紀元前322年に62歳で死去しましたが、そのエウボイア島が島であることを今回始めて知りました。

以下はエウボイア島のカルキスとそのエウボイアが島である証拠の部分=橋で繋がっているだけです。

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ネットの“greece.greekreporter.com”に「スタギラで2400年前のアリストテレスの墓を発見」:“Aristotle’s 2,400-Year-Old Tomb Found at Stagira”とした写真集がありました。

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 お墓の概観のイメージ画像とその中です。

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『アリストテレスの墓を発見か ギリシャ

2016.05.28 Sat posted at 13:36 JST

(CNN) ギリシャ北東部にある古代都市スタギラの遺跡で、古代ギリシャの哲学者アリストテレスのものとみられる墓が発見されたことが28日までに分かった。

墓を発見したと主張しているのはギリシャ人考古学者のコンスタンティノス・シスマニディス氏。1990年からスタギラの遺跡を発掘調査し、2400年前に作られたこの墓がアリストテレスのものだと裏付ける強力な証拠を入手したとしている。

墓はギリシャ北部テッサロニキの東約64キロの地点にある。同氏はこの墓が紀元前332年に死んだアリストテレスを悼んで建てられたものだと指摘。古代都市アゴラの中心にあり、急ピッチで建設されたという。墓の床は大理石で覆われ、内部には祭壇もあったが、中世に行われた塔の建設で多くの考古学的な資料が失われたとしている。

これまで得られた考古学的なデータは歴史資料と整合性が取れているという。

シスマニディス氏によれば、アリストテレスはギリシャ東部エウボイア島(現エビア島)のカルキスで死亡したことが分かっている。この数年後に遺灰が集められ、生まれ故郷のスタギラに運ばれた。アリストテレスを英雄としてたたえるため、この地に祭壇などが建設されたという。

アリストテレス(前384年~前32237日)

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古代ギリシアの哲学者である。プラトンの弟子であり、ソクラテス、プラトンとともに、しばしば「西洋」最大の哲学者の一人とされ、その多岐にわたる自然研究の業績から「万学の祖」とも呼ばれる[1]。特に動物に関する体系的な研究は古代世界では東西に類を見ない。イスラーム哲学や中世スコラ学、さらには近代哲学・論理学に多大な影響を与えた。また、マケドニア王アレクサンドロス3世(通称アレクサンドロス大王)の家庭教師であったことでも知られる。

アリストテレスは、知を愛することが人間の本性であるがゆえに、人間は「知を愛する」と考えた。ギリシャ語ではこれをフィロソフィア(Philosophia)と呼ぶ。フィロは「愛する」、ソフィアは「知」を意味する。この言葉が「哲学」になった。著作集は日本語版で17巻に及ぶが、内訳は形而上学、倫理学、論理学といった哲学関係のほか、政治学、宇宙論、天体学、自然学(物理学)、気象学、博物誌学的なものから分析的なもの、その他、生物学、詩学、演劇学、および現在でいう心理学なども含まれており多岐にわたる。アリストテレスはこれらをすべてフィロソフィアと呼んでいた。アリストテレスのいう「哲学」とは知的欲求を満たす知的行為そのものと、その行為の結果全体であり、現在の学問のほとんどが彼の「哲学」の範疇に含まれている。

名前の由来はギリシア語の aristos (最高の)と telos (目的)から。

<その生と死>

生:紀元前384年、トラキア地方のスタゲイロス(後のスタゲイラ)にて出生。スタゲイロスはカルキディケ半島の小さなギリシア人植民町で、当時マケドニア王国の支配下にあった。父はニコマコスといい、マケドニア王アミュンタス3世の侍医であったという。幼少にして両親を亡くし、義兄プロクセノスを後見人として少年期を過ごす。このため、マケドニアの首都ペルラから後見人の居住地である小アジアのアタルネウスに移住したとも推測されているが、明確なことは伝わっていない

死:紀元前323年にアレクサンドロス大王が没すると、広大なアレクサンドロス帝国は政情不安に陥り、マケドニアの支配力は大きく減退した。これに伴ってアテナイではマケドニア人に対する迫害が起こったため、紀元前323年、61歳頃、母方の故郷であるエウボイア島のカルキスに身を寄せた。しかし、そこで病に倒れ(あるいは毒人参をあおったとも)、紀元前322年、62歳で死去している。(=ウィキペディア)

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