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2022年9月 6日 (火)

私の世界・面白い話のネタ―『「いつも不機嫌な老人」と「朗らかで機嫌のいい老人」を分ける“決定的な違い”・・!?』

 ネットの現代ビジネスの記事から、私事ですが“最近切実な問題になってきた”ので紹介します。

 というのは、私の場合若い頃より「かくあるべし思考」を持っておらず、いい加減な性格=「だいたい主義」なのです。

・若い頃:末石先生と大橋さんと・・

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 “シンプル・イズ・ベスト”を「座右の銘」のするほどですが、年が行くとそれがどんどん酷くなり、目が悪くなるのも手伝っていました。

・目や足が悪いのに、丹波橋で麻雀(コロナの前です)

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 目が良くなって、いい加減な性格=「だいたい主義」の“シンプル・イズ・ベスト”はある意味大変問題がある!と分かります。

 「過ぎたるは及ばざるがごとし!」なのです。

 ・・で、この記事とは反対ですが「少しは律儀に、かくあるべし思考!」を考えて行こうと思うのです。出来るかどうか問題なのですが・・?

 

『「いつも不機嫌な老人」と「朗らかで機嫌のいい老人」を分ける“決定的な違い”

・「かくあるべし思考」にご用心(現代ビジネス:和田 秀樹著 2022.08.29

・・誰しも明るく、穏やかに老いていきたいもの。精神科医で、著書『老人入門 いまさら聞けない必須知識20講』がある和田秀樹氏は、「かくあるべし思考」から「だいたい主義」に切り替えることが大切だと語る。老年医学の専門家でもあり、数多くのシニアを見てきた和田氏が、「朗らかで機嫌のいい老人」になるコツを伝授する。・・

<「かくあるべし思考」に陥っていないか?>

長く会社勤めをしてきたり、組織の中で仕事をしてくると、そこで身についた生き方や考え方が定年後も染みついて、意識しないうちに「かくあるべし思考」に陥ってしまうことがあります。

たとえば「周囲に迷惑をかけてはいけない」とか「その日の予定はその日に終わらせる」といった程度の考え方でも、ふだんの暮らしの中に染み込んでしまいます。もう仕事もなく、これといった役割やノルマもないのに、自分を律してしまうのです。

高齢になっても自分を律することができるというのは、とても素晴らしいことです。

日がな一日、ぐーたら過ごす老人に比べれば、しっかりしているし元気に見えます。家族だって安心するはずです。身のまわりのことはきちんとやってくれて、約束したことや頼まれたことも忘れずに実行してくれます。

でも「かくあるべし思考」の弊害はさまざまな場面で出てきます。「今日はちょっと疲れたからのんびりしたいな」と思っても、「約束したことは実行しなければいけない」とか「だらしなく暮らしてはいけない」と考えてしまいます。

他人に対する要求水準も厳しくなりがちです。「ものを粗末に扱ってはいけない」とか「無駄遣いはいけない」と考えると家族の一挙一動にもカチンと来たり不満を持ったりします。しっかりしている老人かもしれませんが、本人も周囲も気の休まるヒマがないのです。

 

<自分の老いを笑える人はいつも朗らか>

そういう老人が、穏やかに老いていくことができるかどうか、これはちょっと疑問です。

もの忘れがひどくなってくれば自分に苛立つようになります。身体が思うように動かなくなれば、「こんなこともできなくなったのか」とやはり自分に苛立つでしょう。

日常生活の中でうまくできないことが増えてくればどうしても不機嫌の種が増えてしまいます。自分が思い込んでいる「かくあるべし」という日常からズレていくことに焦りや不安を感じてしまうからです。

老いても幸せそうな高齢者を思い出してください。

耳が遠くなっていることを、「悪口が聴こえなくなった」と笑い飛ばします。

もの忘れがひどくなっていても「都合の悪いことは『忘れた』で済むからありがたいよ」と苦にしません。老いに逆らうことなく、大らかに受け入れています。ときには老いを笑って楽しんでいることさえあります。

そういう老いを大らかに受け入れる人たちには「かくあるべし思考」なんかありません。

やろうと思っていたことが終わらなくても、「まあ、これだけやれればいいだろう」と満足します。1時間でできたことが半日かかっても「このペースでいいよね」と納得します。

とにかく自分に甘いのです。

 

<完ぺきを目指すのはもうやめよう>

「かくあるべし思考」から抜け出すいちばん簡単な方法は、完ぺきを目指さないということです。

完ぺきや完全を目指すから妥協が許されない気持ちになってしまいます。でも老いるということは、体力でも気力でも記憶力でも衰えてくるということです。決して怠けているわけでもないし、とぼけているわけでもありません。

老いを大らかな気持ちで受け入れるつもりになれば、すべて「仕方がない」と割り切ることができます。

すると気持ちが楽になります。

周囲に対しても、カリカリしないで穏やかな気持ちで向き合うことができます。自分がうまくできないのに、相手に完全を要求することはできません。若いお母さんなら忘れ物ばかりする子どもに「何回言ったらわかるの」と叱りますが、老人は「いいんだよ、私なんかいつもだから」と慰めるようなことです。

そういうおじいちゃん、おばあちゃんはやっぱり機嫌がよくて朗らかなのです。

「かくあるべし思考」をつくる完全主義は、誰よりも本人を苦しめます。自分を責めてばかりいるからです。いまから少しずつ抜け出して、半分できれば良しとする「だいたい主義」に切り替えていってください。「いい加減」や「ちゃらんぽらん」を受け入れてしまうようなことです。

老いを自覚し始めた年代には、大切な心がけになってきます。

 

<老いたら「だいたい主義」でいこう>

「かくあるべし思考」でも、完ぺきを期して頑張ることが老化予防につながると思う人がいるかもしれません。

「老いを受け入れて楽ばかりしていたら、余計に老化が進んでしまう」と考える人です。

でも完全主義には落とし穴があります。

それは「不完全ならやらないほうがマシ」と考えてしまうことです。

もう以前のようにはうまくできない、やっても時間ばかりかかって一日が無駄になる、それならいっそのことやらないほうがいい、そう考えていろいろなことをやめてしまえばどうなるでしょうか。

老いが一気に加速します。実際、こういう例は案外多くて、たとえば山歩きが好きな男性が、70代になって「もう若い人についていけない」とか「高い山には登れなくなった」という理由でピタリとやめてしまうことがあります。「自分はこうでなければいけない」という「かくあるべし思考」が邪魔をしたのです。

そうなってしまうと、体力も一気に低下します。気持ちも落ち込みますからどんどん老け込んでしまいます。強そうに見えても完ぺき主義には脆さが同居しているのです。

そういうときでも「だいたい主義」ならしぶといです。

「無理しないで登れる山をのんびり歩こう」とか、「高齢者の登山サークルを探してみるかな」と気持ちを切り替えることができます。「頂上だけが山じゃないんだから、カメラを持って花の写真でも撮ろうかな」と目標を切り替えることもできます。諦めないで体力を維持することができるのです。

どんなことでもそうです。「うまくできなくてもいい」とか「昔のように1時間で終わらなくてもいい」と考えれば、やりたいことを諦めないで続けることができます。結果としてそのほうが老化を遅らせることができるし、高齢になっても自分が好きなことを楽しめます。朗らかで機嫌のいい老人でいられるということです。』

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