ネットのBBC・NEWS(JAPAN)の「福島第一原発の処理水放出、恐怖と事実が対抗する地元を取材」からです。
東電は「濾過(ろか)によって処理水から60種類以上の放射性物質を取り除ける・・」としていますが、完全に放射性物質がなくなるわけではなく、水素と炭素の放射性同位体で、水から分離するのは困難なトリチウムと炭素14は残るのです。
「トリチウムだけでなく“炭素14”も残る!」が初耳?は恥ずかしい限りですが、“炭素14”は放射性炭素年代測定に使う半減期(ある核種について存在量の半数が崩壊するのにかかる時間)が約5730年というものです。
・放射性炭素年代測定(radiocarbon dating)
炭素の放射性同位体の一つである14Cの性質を利用して有機物を含む物体の年代測定を行う手法である。1940年代の後半にシカゴ大学のウィラード・リビーによって研究開発され、それによってリビーは1960年のノーベル化学賞を受賞した。日本語では炭素14法、炭素年代測定法、C14法、C14年代測定法とも言われる。
地球大気中に豊富に存在する窒素(14N)に宇宙線が作用することで14Cが恒常的に作られていることを利用した方法である。発生した14Cは大気中の酸素と結合して放射性二酸化炭素となり、光合成によって植物に取り込まれ、さらに植物を食べた動物に取り込まれる。個々の14Cはやがて放射性崩壊を起こして別の核種に変わるが、外部からの供給が続けば体内の14C量はある平衡値に落ち着くことになる。しかしそれらの動物や植物が死ぬと、環境との炭素交換が止まるため14Cは減る一方となる。すなわち、木切れや骨片など生体に由来する試料に含まれる14Cの量を測定すれば、元となった生物がいつ死んだかを知ることができる。14Cの半減期(ある核種について存在量の半数が崩壊するのにかかる時間)は約5730年であり、試料が古いほど検出すべき14Cの量は低下していくので、信頼性のある年代測定が行えるのは最大で約5万年前までに限られる。・・・(=ウィキペディア)
・放射能に汚染された水の安全性、福島原発の水槽で証明できるのか(BBC動画初期画面より)
『福島第一原発の処理水放出、恐怖と事実が対抗する地元を取材
(2023年7月17日:シャイマ・ハリル、東京特派員)
・福島第一原子力発電所から車で約1時間のところにある研究室で、木村亜衣さんは白衣と手袋を着けて、サンプルの魚を切り刻んでいた。
認定NPO法人「いわき放射能市民測定室 たらちね」の理事を務める木村さんは1年に4回、ボランティアの人たちと共に、原発周辺の海から魚を採取してくる。「たらちね」は2011年、東日本大震災による壊滅的な津波が原子炉を襲い、メルトダウンが起きた数カ月後に設立された。それ以降、この作業は続いている。
木村さんを含め、「たらちね」を運営する女性の誰もが、科学者ではない。「たらちね」とは、日本の古い言葉で「母親」を指す。そして津波に見舞われた後、地元の住民は子供たちに食べさせられる安全なものを探すためにこの研究室を立ち上げたのだと、木村さんは話す。放射線のリスクに関する情報を入手するのが、困難だったからだ。そして、放射性物質の検査と検査結果の記録方法を専門家から教わり、資金を募り、独学を始めた。
それは、原発で事故が起こり得るなど、思ってもいなかった地域社会が、大惨事の挙句にたどりついた決断だった。あれから12年がたち、「たらちね」の人々は再び、日本政府を信用できるのか苦悩している。政府は今、同原発にたまる「処理水」を太平洋に放出しても安全だと主張している。
日本政府はすでに、原子炉の冷却に使われている処理水100万トン以上を今年中に放出する方針を示しており、今月初めにそのためのゴーサインを得た。貯蔵されている処理水の量は、オリンピック用の水泳プール500杯分に相当する。原発構内に保管されている処理水のタンクは、すでに1000基を超え、場所がなくなりつつある。そのため、処理水はどこかへ移さなくてはならないのだ。
日本の原子力規制委員会は今月7日、福島第1原子力発電所の処理水放出に関し、設備検査の合格を示す終了証を東京電力に交付した。処理水放出のための設備が整ったことを意味する。
国際原子力機関(IAEA)のラファエル・グロッシ事務局長も、2年間にわたる調査の結果、処理水の放出が人や環境に与える影響は「無視できる程度」だと述べた。韓国も同様の評価を下したものの、原発の周辺地域でとれた日本の水産物の輸入禁止を堅持している。中国と香港も、同様の禁止措置を延長すると発表した。
しかし、福島やその周辺に住む人々は納得していない。
・「たらちね」のボランティアの女性たちが、福島第一原発近くの海岸でサンプルを採集している
「その処理汚染水をどのぐらい処理してきてるかも、私達はまだ分からない」、「だから断固反対です」と、木村さんは言う。また、多くの地元の家庭が、処理水の放出を心配していると付け加えた。
東京電力は、濾過(ろか)によって処理水から60種類以上の放射性物質を取り除けるとしているが、完全に放射性物質がなくなるわけではない。水素と炭素の放射性同位体で、水から分離するのは困難なトリチウムと炭素14は残る。しかし専門家らは、トリチウムと炭素14から放出される放射線は弱く、大量に摂取しない限りは危険ではないとしている。残った放射性物質を減らすため、放出前に処理水を海水と混ぜて希釈するプロセスがあるのはそのためだ。
日本政府は、濾過と検査が終わった段階では、処理水は世界各地の原発から放出される水と変わらないものになるとしている。
・「見えない敵」
しかし、放射線という「見えない敵」について常に思い起こさせられる福島では、恐怖と事実がせめぎあっている。
原発事故の後、日本政府は第1原発から半径20km圏内に立ち入りを禁止する「警戒区域」を設定。さらに原発から30キロ以上離れた一部地域にも「計画的避難区域」が設定された。避難指示の対象は約15万人に上った(2011年8月時点)。
避難指示区域の範囲はその後、さまざまに変更された。しかし、人が住めない「帰還困難区域」は今なお残り、そこでは長いこと放置されたままの家の屋根や窓を緑が覆っている。
店先の看板は色あせてしまったが、人通りの少ない狭い通りには、金属製の障壁や立入禁止を示す黄色いテープが残っている。
「たらちね」の研究室でさえ、この地域社会がいかに「見えない敵」を恐れているかを証明している。
・木村亜衣さんは、「たらちね」の研究室でサンプルの調査を続けている
メインラボでは、ボランティアの1人がガンマ線を調べるため、キャベツを刻んでいる。別のボランティアの人は、サンプルの検査の前に水を処理している。廊下には近くの住宅で使った掃除機から採取した土やチリを入れた袋が置いてある。ラボの奥では、放射線検査のために食品が乾燥されている。壁には原発や周辺の海を示した地図や図表がかけられており、どの程度の放射線が検知されたか、放射性物質がどれだけ遠くまで届いたか、さまざまな色で示されている。
「たらちね」の女性たちは、サンプルを採取するだけでなく、地元住民から送られてきたものの検査も行っている。
「秋になると、ドングリを持ってくる親子がいます。日本ではドングリに爪楊枝を刺してコマを作るんです。多分政府は(ドングリが)どれくらい汚染されているかと知る必要はないと思うんですけど。(中略)子供の遊ぶ公園の環境測定もしてほしいとお母さんたちに依頼されます」
この研究室では、さまざまなサンプルでストロンチウム90やトリチウム、セシウム134、セシウム137といった放射性物質を測定し、レベルの経年変化を追跡している。
「私たちはホームページに常にデータを公表して、誰でも見れるようにしています」と木村さんは言う。
木村さんは、「測定を通じて、少しずつ放射性物質が食物の中から減少していることを確認してきたんです」と話す。処理水が海洋放出されると、せっかくこの減少を支えてきた自然の力が無に帰してしまうのではないかと懸念している。
木村さんは、反対の多い放出計画は大きな後退だと考えている。2011年の震災以来「心に残っている傷」がまだあり、今回の決定でその傷口が開いてしまったと言う。
処理水の放出計画は、2年にわたって進められてきた。専門家は、この計画は、長期的でコストのかかる除染作業に必要な段階だと主張する。同原発を廃炉するには、メルトダウンした原子炉の中に残る放射性廃棄物を除去しなくてはならない。そのためにはまず、2011年に津波に襲われて以来、原子炉を冷やすために使われてきた水を放出する必要がある。
・処理された汚染水は1000基以上のタンクに保管されている
東京電力廃炉推進カンパニーの小野明代表は今年3月、AP通信の取材に対し、原子炉内の被害を完全に理解し始めたばかりだと語った。
小野代表は、最も緊急の課題は、原発周辺をきれいにするための放水を安全に開始することだと説明。また、メルトダウンしたがれきを全体的に冷やす必要があるため、さらに水を入れるスペースを確保する必要があると語った。
分子病理学の専門家で、日本の科学者と共に放射線を研究し、福島第一原発の報告書についてIAEAに助言したジェリー・トーマスさんは、「本当の問題は、放射線による実際の物理的な影響ではなく、我々の恐怖心です」と話す。
トーマスさんは、科学的な見地は震災後間もなく、対立する原子力活動家の間で失われたと指摘。日本政府は衝撃と恐怖に怯える国民を安心させるために、必要な予防措置を講じていることを示すために多大な労力を費やしたと話した。
「政治家たちは、自分たちが用心深く、人々を気遣っていると証明しようとしています。しかし実際に人々が受け取るメッセージは、これは本当に、本当に危険なものに違いない、というものです」
・恐怖の影響力
こうした恐怖や信頼の欠如は簡単にぬぐいさることができない。そのことが今や、明らかになってきている。
さらに悪いことに、この問題は生計にも影響を及ぼす。漁業関係者らは、処理水の放出によって獲った魚の評判に傷がつき、値上がりにつながり、すでに困難な仕事がさらに悪化すると話す。この地域の漁業は原発事故から完全には立ち直っておらず、現在も政府の補助金に頼っている状態だという。
原発の敷地内では、東京電力の山中和夫さんが、2つの水槽を指さしている。片方には普通の海水が、もう片方には海に放出される予定の汚染水と同じ放射能レベルに調整した海水が入っており、その中をヒラメが泳いでいる。海洋生物飼育試験の責任者である山中さんは、水槽の魚は注意深く観察されていると話す。魚の体内のトリチウム濃度は、最初に上がり、停滞する。その後、標準的な海水に戻されると、魚はそれを体外に排出する。
「私は放射線の専門家なので、トリチウムによる人体や生物への影響が非常に少ないのはわかっています」と、山中さんは語る。
「ですが、どうしても同じ放射能というくくりになって、不安だけが先行してしまいます」
「こういうデータと映像が少しでも安心につながればいいと思っています」
一方、3世代にわたって漁業に携わってきた高橋通さんの気持ちは、安心からは程遠い。
「絶対反対です。もう今、風評は出てるんです。福島県産は買いませんという業者が出てきています」
・この地域で漁業を営む高橋通さん(左)は、すでに仕事に影響が出ていると話す
高橋さんにとって、この問題は自分自身に直接かかわるものだ。福島県機船底曳網漁業組合連合会の会長として、見守るべき人々がいるからだ。それだけに、家業をやめるという選択肢はない。
現在のビジネスは、2011年の震災前に比べればほんのわずかだと、高橋さんは話す。「今は小型船も含めてまだ30億円ですが、震災前はこの地区船で70億円は上がっていたんです」。
高橋さんは、処理水が放出されれば事態はさらに悪くなると危惧(きぐ)している。中国と韓国はすでに、輸入禁止措置を取っている。
科学的な証拠がこうした懸念を払拭するのに十分かという質問に、東京電力の山中さんは、「風評だけは、我々がどんなにきれい事を言っても直るものではない」と認めた。
「地道にこういう一つ一つの努力が積み重なって、収まっていくものだと思います」
失った信頼の回復には時間がかかる。原発関係者はBBCの取材にこう話した。』
(英語記事 Facts are up against fear in Fukushima)