ネットのロイターのニュースで、「U2のボノ乗せた飛行機、後部ドア外れるも無事着陸」という見出しを見て反応したのですが、“UボートII型”か“ロッキード U-2”を思ってです。
何しろ無事で、「飛行機は無事着陸し、ボノさんらにけがはなかった」ということです。
彼らの名前も、アメリカの偵察機「U-2」やドイツの潜水艦「II型Uボート」に由来と言う説があるようですが、何の関係もないようです。
アーリントン公演の模様(2009年:ウィキより)
話しついでに、ドイツの潜水艦「II型Uボート」をウィキで調べたら、小さな潜水艦で「沿岸付近で運用されることを想定したもの・・」ということを知りませんでした。何しろ航続距離が「15 km/hで浮上航行時に2,500 km」、「4 kn (7.4 km/h)で潜航航行時に55 km」なのです。
また、名作の『U・ボート』を見たくなりました。それと『U・ボート』は何しろ原題が“Das Boot”、敵国だけでなく乗組員にも恐ろしいものなのです。
『U・ボート』(原題:Das Boot、英題:The Boat)は、1981年に公開されたドイツの戦争映画。(原題:Das Boot、英題:The Boat):1981年に公開されたドイツの戦争映画。
もう1つの“ロッキード U-2”は、冷戦時代の謎の偵察機で、開発当初その存在を極秘にされ、空港から飛び立つ時他の飛行機と比較にならない、垂直上昇をするので、相次いで「UFOを見た・・」という証言が周辺住民から出たのです。
それと、後からですが旧ソ連がその正体不明の「黒いジェット機」U-2を打ち落とせる能力を持ち、ミサイルで撃墜してしまうのも凄いことです。
皮肉なことに、打ち落とした機体がチタン合金で軽量(高高度の薄い空気でも飛べるように!)なので、バラバラにならず現物をとどめて落下しました。それで、ロシアの科学者はどんなものか知ることが出来たということです。
ただ、真似をして作ってもダメ? というか、高く飛ぶことは出来ませんでした。
『U2のボノ乗せた飛行機、後部ドア外れるも無事着陸
[ベルリン 13日 ロイター] - アイルランド出身の人気ロックバンド「U2」のボーカル、ボノさん(54)が乗った自家用機が12日、ドイツのベルリンに向かう途中、後部ドアが外れるというハプニングがあったことが分かった。
飛行機は無事着陸し、ボノさんらにけがはなかったという。
空港当局が13日明らかにした内容によると、同機はアイルランドのダブリンを出発し、乗客5人と乗員2人が搭乗していた。後部ドアはベルリン郊外のシェーネフェルト空港近くで落下した。ドアが外れた原因は分かっておらず、当局が現在調査している。
ボノさんは、ミュラー独経済協力開発相との会談や授賞式出席のためにベルリンに到着した。』
U2(ユートゥー)
アイルランドダブリンで結成されたロックバンド。バンド名の由来:バンド名の由来については、アメリカの偵察機「U-2」、ドイツの潜水艦「II型Uボート」、「You too」(ファンへのシンパシーを表す)などの諸説がある。
しかし、メンバー自身が語るところでは「バンド名を決める際に挙げた候補の内、一番マシなものを選んだだけで、特に意味はない」とのこと。むしろ「U2」という無意味な言葉の解釈の自由こそが魅力と語っている。
UボートII型 (U-Boot-Klasse II)
ドイツ海軍の潜水艦で、第二次世界大戦で用いられた。IIA、IIB、IIC、IIDの四つに細分化される。設計は第一次世界大戦時に建造されたUBII型潜水艦を発展させたものであり、第一次大戦後にドイツ海軍が設立した海軍技術会社(IvS)がフィンランド海軍向けに設計した潜水艦、ヴェシッコを手本としている。
この型は沿岸付近で運用されることを想定したもので、船体は小さく航続距離もあまりないが、新生ドイツ海軍にとっては貴重な戦力であった。
上記のように、もともと沿岸用の潜水艦であったので、II型は常に航続距離の短さに終止悩まされた。外洋を航行する船舶を攻撃する任務には不適だったといえるだろう。しかし、その扱いやすさから練習艦としては好適で、多くの潜水艦乗員を養成するのに役立った。・・・
UボートII型の大きさと性能(IIA型の例に)
【排水量】浮上時:254 英トン (258 t)、潜航時:303英トン (308 t)、総トン数:381英トン (387t)、全長:40.9 m (134 ft 2 in)、耐圧殻:27.8 m (91 ft 2 in)、 幅:全長:4.1 m (13 ft 5 in)
【速力】浮上時:13 ノット (24 km/h)、潜航時:6.9ノット (12.8 km/h) 、航続距離:8 kn (15 km/h)で浮上航行時に2,500 km (1,300 nmi)、4 kn (7.4 km/h)で潜航航行時に55 km (30 nmi)、試験深度: 全形式 : 150 m (490 ft)、総員:22人から24人兵装: 3 × 魚雷発射管 (艦首), 魚雷5本
ロッキード U-2(Lockheed U-2)
ロッキード社がF-104をベースに開発したスパイ用の高高度偵察機。初飛行は1955年。公式ではないが、ドラゴンレディ(Dragon Lady)という愛称がある。また、その塗装から「黒いジェット機」の異名もある。
CIAの資金により開発されたU-2は、1955年(昭和30年)8月4日、1号機が進空したのに続いて計55機生産され、冷戦時代から現代に至るまで、アメリカの国防施策にとって貴重な情報源となった。
当初、空軍は高高度偵察機を各メーカに競争発注する予定だったが、これを察知したロッキード社の開発チーム、スカンクワークス主任、クラレンス・ケリー・ジョンソンが秘密裏に空軍へF-104を改造した偵察機型を提案し、結果として空軍はこの提案に合致するような要求を各メーカに提示した。当然ながらこうした状況ではロッキード社の案が採用となり、これがU-2となった。当時は、ベル社などがX-16などを作成していたが、こうした他社の案は全て不採用となった。
U-2は細長い直線翼を備え、高度25,000m(約82,000ft)もの高高度を飛行し、偵察用の特殊なカメラを積み、冷戦時代はソ連など共産圏の弾道ミサイル配備状況をはじめとする機密情報を撮影した。その並外れた高高度性能は、要撃戦闘機による撃墜を避けるため、敵機が上昇し得ない高高度を飛行するためのものだが、後に対空ミサイルの発達により撃墜が可能となった。
当初、U-2はCIAとアメリカ空軍、台湾空軍で使用されていたが、1970年代にCIAと台湾空軍はU-2の運用を取りやめたため現在ではアメリカ空軍のみで運用されている。戦闘機や地対空ミサイルの能力が向上した現在、撃墜される危険のある地域を強行偵察することは困難であるが、電子/光学センサー(搭載量約1.36t)の進歩は著しいものがあり、直接敵国上空を飛行しなくとも、かなりの情報収集が可能になっている(敵国の付近を飛ぶだけでも、通常高度500~600kmの低軌道に位置する偵察衛星に比べれば遥かに近い距離からの偵察であり、より精度の高い情報収集が可能である)。そのため後継機であるSR-71が退役した現在も、湾岸地域やボスニアでは有力な情報収集手段となっており、現役で活躍中である。アメリカ空軍はコクピット等のアビオニクスの機能を向上させ、エンジンをF118-GE-101(推力8390kg)に換装した性能向上型U-2Sへの改修計画を進めている。
なお、U-2のUは汎用機を表す任務記号で、本来偵察機ならばRが使用されるのだが、これはスパイ機という特性上本来の任務を秘匿するためにあえて付けられたものである。ただし高高度の大気観測など、その高空性能を活かして、偵察以外の任務にも幅広く使われている。現在、NASAでは研究機ER-2として、大気の測定などに使用している。
特徴
U-2は高度25000m(約82000ft)以上と成層圏を飛行することができる。旅客機は通常10000m(約33000ft)程度なので、その2倍以上ということになる。外観は誘導抵抗を減らすためのグライダーのような縦横比の大きな主翼形状が特徴で、揚抗比(揚力と抗力の比率)は20以上であり、軽量化と非常に小さな空気抵抗により目的の性能を生み出している。
U-2は軽量化を徹底した末、車輪が胴体前部と後部の2箇所にしかなく、離陸時には翼の両端に地上から離れるときに外れる補助輪をつけ滑走し、着陸時には車がU-2と並走して翼が地面につかないよう指示を出しつつ十分に低速になったところで翼端を地面にすりつけ着陸、その後補助輪を装着され滑走路から移動を行う。また高高度を飛行中の最大速度と当該高度における失速速度の差はわずか時速18km(約10kt)であり、もっとも操縦の難しい軍用機とされている。ただし失速して揚力を失っても頭部を下げれば再び揚力を回復し、その事態が即墜落に結びつくわけではない。ただ高度を下げる事になるので、作戦行動中であれば被撃墜リスクは高まる。
またその徹底した軽量化は、同時にU-2の弱点も生み出している。後述のU-2撃墜事件では、ソ連軍の放ったS-75 地対空ミサイルが付近で爆発した際の爆風で機体が破壊され、墜落した。これは地対空ミサイルの威力が強かったのではなく機体外壁がとても薄く作られていたため、衝撃波に耐えられなかったためである。
またそれを証明するように、高高度から墜落したにも関わらず、機体は、大破と言うよりは潰されたような形で発見された。軽量で大柄な機体のために空気抵抗が大きくなり、落下速度があまり速くならなかったためである。
もうひとつの特徴として、パイロットは高高度を飛行するため、特殊な与圧スーツを着用する。それはまた高高度で脱出する際に必要不可欠な装備でもある。このスーツは宇宙服とほぼ同様で、違いは色と生命維持装置が直接付いているかいないか、及び宇宙空間での推進装置が無いだけであるという(『週刊ワールドエアクラフト』より)。このスーツのヘルメットには数個の穴があり、ヘルメットを脱がずにチューブ入りの食料を摂取できる。また、呼吸と排泄のためのチューブが、外付けの機械と繋がっている。・・・
ソビエトのU-2模造機
撃墜されたU-2は半径数100kmの範囲に散乱した。それらの破片は数千人のソビエト軍によって拾い集められ、技術情報が収集された。フルシチョフはU-2のコピー機を開発するように命令し、1年後には試作機が完成した。しかし重量が重く高高度を飛ぶことができず1962年5月に開発が中止された。(=ウィキペディア)