面白話・話のネタ

2018年1月16日 (火)

私の世界・面白い話のネタ―ネコ物語・「独り身の寂しさ、不安を安らげるために子ネコを与えられた、犬・・のネコ!?」

 ネットのメトロ(metro.co.uk)の「独り身の寂しさ、不安を安らげるために子ネコを与えられた、犬」:“Anxious dog hated being left alone so her human got her a kitten”という記事から、ネコ物語・「独り身の寂しさや不安を安らげるため、子ネコを与えられた、犬・・のネコ!?」です。

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 少し、大袈裟ですが、「この世界には、子ネコによって癒されないものははない・・!?」という話です。

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 子ネコはみてるまに大きくなっちゃいました。

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2018年1月 1日 (月)

私の世界・面白い話のネタ―ネコ物語・「ネコが一番!(“top dog”)、愛され大切にされているトルコ!・・のネコ!?」

 ネットの“theguardian”(theguardian.com)のネコ関連記事、「ネコが一番愛され、大切にされているトルコ!」:“Turkey: where pampered cats are top dog”という記事の写真からですが、top dogは「その分野で成功しているか支配的な人」という意味だそうです。

注)“top dog”:例えば、「Trump was a top dog in the City」は「トランプは街のボス(支配者)」。

 既に、「イスタンブールはネコが大切にされている!」ことや、その理由は『イスラム教の教祖ムハンマドが“ネコ好き”で、「預言者ムハンマドに近づいた毒蛇から聖者を守るネコや別の物語では、預言者はネコが自分のベストの端に寝ているのを見て、ネコを退ける代わりにベストの一部を切り取った・・」というイスラムの伝説を紹介しています。

注)私の世界・面白い話のネタ―ネコ物語・「ネコ天国、イスタンブール・・のネコ!?」

http://masaki-knz.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-9442.html

 多くの民族やそのアイデンティティ(地域などの帰属意識)、宗教の違いによって分裂した国は、「ネコが好き!」という、ひとつのことで結ばれています。

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トゥアナ・エキン・サヒン(Tuana Ekin Şahi0n)という少女はイスタンブールで野良ネコのためのお金を稼ぐのにバイオリンを弾きます。

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大抵のひとは、ネコが居ると和む。

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イスタンブールのサクラクール・スタジアムで行われている2009UEFAヨーロッパリーグの決勝で、ネコがピッチに飛び込んだことがある。

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イスタンブールの街角で、ネコに餌をあげる。

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話の続き:調べてみると、トゥアナ・エキン・サヒン(Tuana Ekin Şahi0n)という少女は「11歳の少女“Tuana Ekin Şahin”はヴァイオリンを演奏し、街角にネコの家を建てました」という記事や動画に紹介されています。

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演奏は決して上手くありません、志に免じて許してあげげましょう。

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2017年12月13日 (水)

私の世界・面白い話のネタ―ネコ物語・『思わず、「いいね!」・・のネコ!?』

 ネットの“funnycatpix.com”の最近の写真から、この子を見て『思わず、「いいね!」・・のネコ!?』を思い付きました。以下は、それに相応しいと思える「いろいろな表情のネコたちの写真」を適当に選択・編集です。

「君を見ると、何か? 胸がときめくの・・!?」

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「スーパー・キャットだって、・・何が面白いの・・?」

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「ご飯、まだでっか・・!?」

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「狭いところが好き・・!」:その①

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その②:「本当は、しもたねん」(=しまったことをした)

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2017年12月 6日 (水)

私の世界・面白い話のネタ―ネコ物語・「人のようにネコにも個性がある・・のネコ!?」

 ネットの“funnycatpix.com”から、最初のこの子たち仕草や表情が面白く、素敵な良い感じなので、「人のようにネコにも個性がある・・のネコ!?」に相応しいと思える「いろいろな表情のネコたちの写真」を適当に選択・編集です。

「僕・・、マジ(=Serious)なんだから・・!」

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愛の賛歌

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「いやなこった・・、べぇー!」

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「少し、ひがんでるの・・!」

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「ファンレーター、こんなにあるぞ・・!」

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「不安になると、耳がしぼむの・・」

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2017年12月 4日 (月)

私の世界・知らない世界―「王族に嫁いだ米女性5人・・!?」

 ネットのAFPから、「王族に嫁いだ米女性5人=退位して結婚、女優から公妃-事故死や離婚も・・」という記事ですが、何か、野暮、無粋! というか、「米女優メーガン・マークルさん(36)とヘンリー英王子(33)の婚約が1127日に発表された。2人の前途には、いかなる幸福と困難が待ち受けるのか・・」という「フランス人の王族嫌い(=革命好き)? という感じ・・」(本当のところは知りませんが?)がそのまま出たようです。

 ・・で、載せなければいいのですが、根が(下品な・・)野次馬根性があって彼女らの行く末をウィキで調べてしまいました。

左からリタ・ヘイワースさん、ヨルダンのヌール妃、メーガン・マークルさん、ウォリス・シンプソンさん、グレース・ケリーさん(AFP=時事)

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 中でも、“元英国王エドワード8世と結婚したウォリス・シンプソンさん”は「凄い!・・」としか言いようがありません。もちろん、相手の元英国王エドワード8世もで、AFPはこれが言いたい本命ではないでしょうか?

 なお、記事の表題では「・・女優から公妃・・」となっていますが、ホープ・クックさんやヌール・アル=フセインさんは女優ではありません。

ウォリス・シンプソンさん

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リタ・ヘイワースさん

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グレース・パトリシア・ケリーさん

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ホープ・クックさん

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ヌール・アル=フセインさん

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『王族に嫁いだ米女性5人=退位して結婚、女優から公妃-事故死や離婚も

2017123 15:25 発信地:英国)

123日 時事通信社】米女優メーガン・マークルさん(36)とヘンリー英王子(33)の婚約が1127日に発表された。2人の前途には、いかなる幸福と困難が待ち受けるのか。AFP通信によると、世界の王族男性のハートを射止めた米国人女性は過去、少なくとも5人いる。それぞれの人生を振り返った。

 1人目は、1937年に元英国王エドワード8世と結婚したウォリス・シンプソンさん。離婚歴があるシンプソンさんとの結婚に王室や政府は難色を示し、エドワード8世は「私の愛する人」と結婚するため、361月に即位したが同じ年の12月に退位した。2人の物語は近年、「ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋」として映画化された。

 40年代のセックスシンボルとして人気を博した女優リタ・ヘイワースさんは49年、英領インド(当時)出身のイスラム教・地域の指導者アガ・ハーン3世の王子と結ばれた。ヘイワースさんにとって3度目の結婚で1女をもうけたが、すぐに離婚。さらに2回、別の男性と結婚した。

 最も有名なのは、ハリウッドのトップ女優からモナコ公妃となったグレース・ケリーさんだ。アカデミー賞主演女優賞を受賞するなど人気絶頂にあった56年、レーニエ3世の熱烈な求婚を受けて「グレース妃」となり、3人の子供に恵まれた。82年に交通事故で亡くなった。

 ニューヨーク社交界で名をはせたホープ・クックさんは、インド北東部にあったシッキム王国(75年、インドへ編入)の皇太子と63年に結婚した。出会いは学生時代のインド旅行。妻と死別した皇太子と恋に落ちた。ただ、80年に離婚している。

 アラブ系米国人の家庭に生まれたリサ・ナジブ・ハラビーさんは78年、フセイン・ヨルダン国王の4人目の妻「ヌール王妃」として迎えられた。パンアメリカン航空の最高責任者などを歴任した父を持つハラビーさんは、プリンストン大学を卒業した後、ヨルダンで仕事をしていた時に国王に見初められた。99年の国王死去後、慈善事業や核不拡散の分野で活動している。(c)時事通信社

ウォリス・シンプソン(Wallis Simpson1896619日~1986424日)

ウィンザー公爵エドワード王子(元イギリス国王エドワード8世)の妻。「王冠を賭けた恋」として知られるこの結婚のため、エドワード8世は退位してウィンザー公爵となり、彼女もウィンザー公爵夫人(The Duchess of Windsor)となった。・・・

結婚暦・・

1916年にアメリカ海軍の航空士官ウィンフィールド・スペンサー・ジュニア(英語: Earl Winfield Spencer, Jr.)中尉と結婚したが、夫のアルコール依存症に起因するDVと女癖の悪さに耐え兼ね、1927年の夫の中国への転勤を機に離婚した。

1928年には、ニューヨーク生まれの船舶仲介会社社長のアーネスト・シンプソンと結婚した。アーネストは、父の生まれたイングランドに憧れ、イギリス国籍を取るためイギリス近衛歩兵連隊の少尉になった経歴があり、夫の経営する会社のロンドン支店で働くうちに、社交界に繋がりを持つようになった。これに伴うかたちで、すぐに社交界内の花形になったウォリスは常々「今がとっても幸せ」と語っていたという。

エドワード王太子との不倫

シンプソン夫妻を王太子エドワードに紹介したのは、当時の王太子の愛人であった、ファーネス子爵夫人テルマであった。19311月に、夫人の別荘で催されたパーティーにおいて2人は出会い、ウォリスは王太子に一目惚れし、同年6月にはバッキンガム宮殿で開かれた王太子の父ジョージ5世の謁見にシンプソン夫妻が揃って参内した。夫人がニューヨークに出かけた1933年の冬頃、ウォリスは王太子と不倫関係となった。

以降の2年間は、王太子から夫妻揃って幾度となくロンドン郊外の王室所有の別荘に招待される様になったが、王太子は次第にウォリスにのみ極端に緊密に接するようになり、ウォリス自身もその様な王太子にますます惹かれていった。その後の王太子は、シンプソン夫婦がまだ婚姻関係にあるにもかかわらず、外遊には必ずウォリスを同伴させ、高価な宝石などを好きなだけ買い与え続け、王太子の邸宅で同棲するにまで至った。

一方ウォリスの夫シンプソンにも当時愛人がおり、シンプソンは妻と王太子のこのような行状をほぼ黙認していたといわれる。さらにウォリスも、駐英ドイツ大使でその後ドイツの外務大臣となったヨアヒム・フォン・リッベントロップや他のイギリス人とも性的関係にあったと噂された。

19361月のジョージ5世の死後、王太子は独身のまま「エドワード8世」として王位を継承し、即位式にはウォリスが立会人として付き添った。しかし、王室関係者はウォリスを「ただの友人」扱いをしたため、エドワード8世はウォリスに対して「愛は募るばかりだ。別れていることがこんなに地獄だとは」などと熱いまでの恋心を綴ったラブレターを送ったり、これ見よがしにウォリスと同年の8月から9月の間に王室の所有するヨットで海外旅行に出かける、ウォリスと共にペアルックのセーターを着て公の場に登場する等アピールを繰り返した。しまいには、スタンリー・ボールドウィン首相らが出席しているパーティーの席上で、ウォリスの夫アーネストに対して「さっさと離婚しろ」などと恫喝した挙句に暴行を加えるなどといった騒ぎまで引き起こした。・・・

リタ・ヘイワース(Rita Hayworth19181017日~1987514日)

アメリカ合衆国ニューヨーク市ブルックリン出身の女優。1940年代にセックスシンボルとして一世を風靡した。

マルガリータ・カルメン・カンシーノとして生まれる。両親共にダンサーであり、自身も12歳から舞台に立ち、10代のはじめには週に20ステージも踊っていた。

1935年にFOXと契約して映画デビューしたがすぐにフリーに戻り、しばらくしてコロムビアと契約。その時にスタジオから髪を赤毛に染めるように言われた(地毛は濃い茶色)。また、生え際に電気処理を施して額を広くする処置も行った。

2年の間小さな役をこなした後、1939年、ハワード・ホークス監督の『コンドル』で注目を集める。その後、ジェームズ・キャグニー主演の『いちごブロンド』やタイロン・パワーの『血と砂』、フレッド・アステアと共演した『踊る結婚式』などでスターの座を掴む。豊かな赤毛がトレードマークの彼女は、テクニカラー作品によく映えた。

彼女の魅力が最も発揮された作品は1946年の『ギルダ』である。チャールズ・ヴィダー監督のフィルム・ノワールで彼女は運命の女ギルダを演じ、セックス・シンボルとして絶大な人気を誇った。1947年には$250,000の年俸と、出演映画の収益の50%の契約をコロムビアと結んだ。

プライベートではオーソン・ウェルズ(2番目の夫)やアーガー・ハーン3世の息子Prince Aly Khanなどと5回の結婚歴があり、娘が2人いる。1960年代からアルツハイマーを患い、1987年にその生涯を閉じた。甥は声優のリチャード・カンシーノ。

グレース・パトリシア・ケリー(Grace Patricia Kelly19291112日~1982914日)

モナコ公国の大公妃。もとアメリカ合衆国の女優。同時代の女優マリリン・モンローの明るさとセクシーさを前面に出した美貌とは対照的な、気品に満ちた容姿が「クール・ビューティー」(cool beauty)と賛美された。人気絶頂の最中、ヨーロッパの君主と結婚し女優業から引退した。・・・

ホープ・クック(Hope Cooke1940624日~)

シッキム王国の元王妃。元夫のパルデン・トンドゥプ・ナムゲルは、最後のシッキム王。インドのシッキムの乗っ取りが始まった5ヶ月後に、クックは子供をニューヨーク市の学校に入れるために2人の子と米国に戻った。1980年にナムゲルと離婚。その後、自伝『時間変化』(サイモン&シュスター、1981)を著し、講演者、批評家、および雑誌への寄稿者として活動した後、都市歴史学者になった。

1959年、サラ・ローレンス大学に入学し、アジアの比較文化を専攻する。同年インド旅行中にホテルのバーで当時シッキム王国皇太子であったパルデン・トンドゥプ・ナムゲルと出会い、1961年に結婚した。

1963320日、仏教の修道院においてに挙式(ご成婚)。式への出席者には、インドの各界の要人や米国の駐印大使などがいた。このときに米国の市民権を離脱している。政教一致の仏教(チベット仏教)国のシッキム王であるナムゲルは当然ながら仏教徒であったが、クックはキリスト教の信仰を捨てず、国内の保守派から不興を買う原因となった。

同時に、シッキムはインドから併合圧力をかけられた緊張のもとにあったが、インド軍が王宮親衛隊を武装解除し、1975410日にシッキム王国は消滅した。その後米国に亡命したバルデン元国王とともにニューヨークへ移住するが、1980年に離婚した。1983年にマイク・ウォレス(米ジャーナリスト?)と再婚したものの、後に再び離婚している。

ヌール・アル=フセイン(Noor al-Hussein1951823日~)

ヨルダン国王フセイン1世の4人目の妃。結婚前の名前はリサ・ナジーブ・ハラビー(Lisa Najeeb Halaby)。

アメリカ合衆国ワシントンD.C.でシリア系アメリカ人の家庭に生まれた。プリンストン大学で都市計画を学び、ヨルダンの首都アンマンで働いていた頃フセイン1世に見初められ、1978615日に結婚した。王妃となってからは地雷禁止国際キャンペーンの活動に携わり、1995年からユナイテッド・ワールド・カレッジの学長、1996年から行方不明者国際委員会の委員を務めている。(=ウィキペディア)

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2017年11月26日 (日)

私の世界・面白い話のネタ―ネコ物語・「犬と一緒の旅が好き!・・のネコ!?」

 ネットのメトロ(metro.co.uk)の「ネコと犬は一緒の旅を愛し、彼らの写真は絶対的な叙事詩です!」:“Cat and dog love travelling together and their photo are absolutely epic”という記事の写真集から、ネコ物語・「犬と一緒の旅が好き!・・のネコ!?」ですが、今回も、何とも言えない良い表情をする子なので採用しました。

「何しろ、楽チンなん・・!」

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寝るときも一緒

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 ただし、当然な話ですが、飼い主のハイカー(hikers)、シンシア・ベネット(Cynthia Bennet)さんとボーイフレンドの2人に連れてもらっての旅行、3年前年からだそうです。

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「邪魔しんといてんか・・!」

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2017年11月23日 (木)

私の世界・面白い話のネタ―ネコ物語・「魅力的なポーズをとる?・・のネコ!?」

 ネットの“Mail Online”(dailymail.co.0uk)の「動物の魅力!愛らしいネコや犬、コアラ達がカメラのために魅力的なポーズをとる? 写真・・」:“Animal attraction! Photos capture apparently amorous cats, dogs and even KOALAS striking some seductive poses for the camera”からです。残念なことにネコは2枚です。

ディバはウエストエンドのダンサーのように、妖艶ポーズ

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ベッドルームの目:「ねぇー、あなたー・・!」

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後は、付け足しで犬とコアラです。

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話の続き:「ウエストエンドのダンサー」が出ましたが、ウエスト・エンド (West End)地区とは、イギリスのロンドンの金融街シティを中心として、その西側がウエスト・エンド、劇場や歌劇場などが多くあります。

1891年建設されたロンドンのパレス・シアター

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ディズニーのライオンキングが上演されているライシアム・シアター

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世界最長のロングラン記録を持つ『ねずみとり』の本拠地、セント・マーティンズ・シアター

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オールド・ヴィック・シアター外観

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ウエスト・エンド (West End)

イギリスの首都ロンドンにおける地区。行政、商業、文化施設などが集中している。劇場や歌劇場なども多く、ニューヨークのブロードウェイと対照させ、ロンドンのミュージカルをウエスト・エンドと称することもある。ロンドンにおける代表的な地区は一般につぎのように対照づけられることが多い。

・政治のウェストミンスター

・経済のシティ

・娯楽のウエスト・エンド

定義としては、金融街であるシティを中心として、その西側がウエスト・エンド、東側がイースト・エンドとなる。この地区には非常に多くのアトラクションが集中しているため、単に"ウエスト・エンド"と言った場合、何を目的にするかで幅が出てくる。たとえば、映画館や劇場の場所を示している場合、主にレスター・スクエアやコヴェント・ガーデンのあたりを指す事が多い。ショッピング・エリアとしてはオックスフォード・ストリート、リージェント・ストリート、ボンド・ストリートなどが中心になってくる。また、トラファルガー・スクエア (ナショナル・ギャラリーの向かい) 、トッテナム・コートロード (大英博物館への最寄駅) 、ソーホーも含まれているので美術館やギャラリーも多い。(=ウィキペディア)

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2017年11月12日 (日)

私の世界・面白い話のネタ―ネコ物語・「とりわけ、良い顔?・・のネコ!?」

 ネットの“funnycatpix.com”の最近のネコ写真から、最初この子を見て今回のネコ物語・「とりわけ、良い顔?・・のネコ!?」に相応しいと思える「いろいろな表情のネコたちの写真」を適当に選択・編集です。

反論はあろうかと思いますが、最近、何かと憂鬱なことが多いので、この子達を見て元気になるように!・・です。

まず、最初の子!

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後は、適当に・・

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片目で、何か? 塞いでるとこ・・

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最後も・・

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2017年11月 8日 (水)

私の世界・面白い話のネタ―ネコ物語・「ガイ・フォークス・ナイトで迷惑な・・のネコ!?」

 ネットのメトロ(metro.co.uk)の「花火が鳴っているとき、飼っているネコをどのように見守るか・・」:“How to look after your cat when fireworks are going off”という記事の写真からですが、“花火”とは、イギリスで115日に行われる「ガイ・フォークス・ナイト(Guy Fawkes Night)」の「かんしゃく玉花火のことです。

ガイ・フォークス・ナイト(Guy Fawkes Night

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イギリスの風習。115日に行われる。子供たちが花火をならし、かがり火をたく風習がある。

1605115日、ガイ・フォークスとその一味のカトリック教徒が、時の国王ジェームズ1世と議員たちを殺すために、上院議場の下まで坑道を掘り、開会式の行われる115日(グレゴリオ暦1115日)に爆破しようとしたが、寸前で発覚し、主謀者はロンドン塔に送られ、翌年131日(210日)に処刑された。この事件を記念するため、ガイ・フォークスと呼ぶ人形を作って、町中を一日中引き回し、夜になって焼きすてる風習が生れた。今は人形の方はすたれたが、昼間からかんしゃく玉花火を盛んに爆発させて、日が暮れると大かがりに火をたく。(=ウィキペディア)

「何か、不穏な感じ・・!?」

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「エッ、エッ・・ビックリしたなあ・・」

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「“騒がしい”は嫌いやし・・!」

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「何じゃー・・!}

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「隠れとこ・・」

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「此処に居たら、安全?」

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「“うるさい!”はこれや・・!」

 

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「なでなでして、慰めて・・!」

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2017年11月 4日 (土)

私の世界・面白い話のネタ―「欧州初の海中レストラン、ノルウェーに建設へ・・!?」

 ネットのCNNのニュースから、「海底の自然を観察しながら食事を楽しめる欧州初の海中レストランが、ノルウェー南部に建設・・」という話で、ヨーロッパでの海中レストラン(Underwater Restauran)は初めてということです。

 因みに、グーグル検索で“Underwater Restaurant”を文字入力すると分かるのですが、モルディブやドバイ、ニューヨークなどと、ヨーロッパ以外に世界には普通に海中レストランはあるのです。

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 なお、今回のノルウェーの最南端の海中レストランは、「20182月から建設着工、19年初めまでに完成・・」ということで、まだ影も形もなく場所は分かりません・・というか、まだ、ここという場所も決まっていないかも?(まだ、計画・構想レベル!)

ノルウェーの海岸沿いに欧州初の海中レストランが建設される=MIR and Snøhetta

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コンクリート壁と巨大なアクリル窓を備え、海面下の自然を眺めることができる=MIR and Snøhetta

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2018年2月から着工する計画で、19年初めに正式にオープンする=MIR and Snøhetta

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プロジェクトを率いる建築家は「刺激的な体験でなければならないが、人々が安心して居心地よく座れることも必要だ」と話す=MIR and Snøhetta

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建物には最大で100人を収容できる。レストランは地元のシーフードを出す予定だ =MIR and Snøhetta

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 ・・で、グーグル検索で出ているモルジブとドバイの海中レストランを紹介します。

モルジブの海中レストラン:Hurawalhi

http://www.hurawalhi.com/dining/undersea-restaurant/

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その場所

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ドバイの海中レストラン:Ossiano

https://www.atlantisthepalm.com/restaurants/ossiano

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その場所

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『欧州初の海中レストラン、ノルウェーに建設へ

2017.10.24 Tue posted at 13:27 JST

(CNN) 海底の自然を観察しながら食事を楽しめる欧州初の海中レストランが、ノルウェー南部に建設される。

海中レストラン「アンダー」は深さ5メートルの海底に建設予定で、幅約11メートル、高さ約4メートルの窓から海底を見渡すことができる。ノルウェー最南端の海岸で2018年2月から建設に着工し、19年初めまでに完成する見通し。

設計を手がけるノルウェーの設計事務所スノヘッタは、ノルウェー国立オペラ・バレエ劇場やエジプトの新アレクサンドリア図書館などの設計で知られる

「この建物の特徴は、自然と陸地をつなぐ安全な構造にあり、陸上からコンクリート製のトンネルを通って自然の海に到達し、普通ではできない体験ができる」。プロジェクトを率いる建築家はそう説明する。

変わりやすい海洋の気象条件にも耐えられるよう、壁は厚みを持たせた設計で、3階建ての構造に収容できる人員は100人。入り口の下に設けるシャンパンバーは、海岸線と海を隔てる場所に位置する。さらに降りるとダイニングルームがあり、大きな窓の前にテーブルが並ぶ。

客に閉塞感を感じさせないよう、オーク材などの自然素材を多く使って照明にも気を配る。

環境にも配慮して、外壁は二枚貝が付着できるコンクリート材を採用。営業時間外は海洋生物研究センターとして使い、季節ごとに移り変わる海洋生物の生態を研究する。

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