2011年6月26日 (日)

詩・「病棟の回転遊戯」⑦

「悪夢」

悪夢から覚めて

夢だとわかってほっとする自分

今の境遇に気が付いて

ほっとした自分を笑う

これが現実だとしたら

本当の悪夢はこれから始まる

覚めたのが夢ならば

自嘲しているのは誰

現実が悪夢だというのは

もう始まっていた

「飛行機雲」

水子がひそかに流れるような

病棟の横のどぶ川

淀みの夏の陽の温かみに

赤こが群れを作る

近所の子供たちが来て

空き缶ですくって帰り

金魚がそれを餌に食べて

フンで飛行機雲を作る

「心」

遠くに居た友が突然駆け寄って

心のかけらを見せてくれた

僕はうれしかった

そのかけらは美しく輝いた

きらきら輝いた

かわりに心を仕舞っておく

袋を見せてあげた

余りに小さいので

恥ずかしかった

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詩・「病棟の回転遊戯」⑥

「療養病棟 Ⅰ」

「ガラガラボコボコ、

シュボシュボ、ガラガラ」

と痰を吸引する患者の隣で

食事をする

療養病棟への移動の説明で

医師が目をそらせた意味が分かる

看護師長は待合室での食事を勧める

どうせ日常的に聞くことになるのを

そのときだけ避けても仕方がない

全て、慣れだ

「ガラガラボコボコ、

シュボシュボ、ガラガラ」

「療養病棟 Ⅱ」

おじいさんは脳の病気で精神が壊れた

チューブで食べ物を胃に送っている

手はチューブを引き抜かないようにグローブをはめ

看護師がときどき

「ガラガラシュボシュボ」

と痰を吸引する

見舞いに来たおばあさんは

何も言わないでグローブの手を握る

看護師がときどき

「ガラガラシュボシュボ」

と痰を吸引する

おばあさんは毎日来てグローブの手を握る

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詩・「病棟の回転遊戯」⑤

「食べない人 Ⅰ」

やせて枯れ枝のようになった老人が

看護師にすがるように聞く

「この抗がん剤の点滴終わったら

食べられるようになるやろか」

食欲がないのを

抗がん剤のせいにしているが

聞いているみんなは分かっている

もう終わりが近いのだと

点滴が終わっても老人は食べない

「食べへだら終わりや」

と聞こえよがしに腹水のたまった中年がいう

老人は転室していって

中年が「食べれへん」と言い出す

「食べへだら終わりか・・・?」

「食べない人 Ⅱ」

食べない老人とトイレで会って

「食べな死にますよ」

と意地悪く言ってみた

「点滴で7年持ってまんねん」

と誇らしげに言う

「食べる楽しみなくて何が楽しみなんですか?」

「へへへ、人を食ってまんねん」

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詩・「病棟の回転遊戯」④

「循環」

飲めない、食べない、排泄できない

人の基本的な生理を閉ざして

点滴や透析に頼る危うさ

それでも彼よりましかもしれない

満々と腹水をため

全ての芥、臓物からの吐しゃ物をためこんで

まだ飲み食いし、尿が出ないと言う

もう一度手術して

チューブを入れて腹水を戻すという

その様な汚水、体液の循環に

どんな意味があるのか

ここで生きるのには

そんなことしか許されないのか

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詩・「病棟の回転遊戯」③

「異次元の使者

病棟に子供が来ると

まわりが異次元の世界

みんなはそれに少しでも触れようと

子供たちに話しかける

天使はお構いなしに

はしゃぎ駆け回る

患者の中にもひねくれ者がいて

「うるさい餓鬼やなあ」と言ってしまう

彼は後で後悔しなければならない

天使に触れた人は

その一瞬でも自分の身を忘れ

確かな喜びをつかめた

「「看護のひと」

母のように慈愛に満ちて

相手を気遣い

少女の妹のように勇気付け、

姉のように叱る

冷徹な技術者として

施術を履行し

優秀な召使として

排泄物を処理する

娼婦のように妖艶に

情動を喚起して

あなたはまだ幼子の母だという

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詩・「病棟の回転遊戯」②

「戦士たち」

トイレで隣同士になると

「内臓がほとんどありまへんねん

胃と胆嚢、脾臓、小腸と大腸の3分の2を取りましてん

そやから点滴でもってまんねん」と言って、

「へらへら・・」と老人は笑う

「ガラガラ」と点滴の犬を引き摺って喫煙所へ向かう

さっきまで看護師とのアルサロまがいの会話が

同じ戦士として誇らしく思え

「あのエロ爺さんようやるねえ」

と末期がんの中年がつぶやく

看護師が検温にきて

「あら、39度もあるやないの」と調子を合わせて笑った

「人の病気がそんなにおかしいのか」と一瞬、真顔で言い

もとの「へらへら・・」に戻る

彼は笑っているのではなかった

「へらへら・・」と泣いていたのだ

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詩・「病棟の回転遊戯」①

「回転遊戯」

自分の足掻きは足音ばかりに

「カラカラ」と部屋に響く

この回転が螺旋状に

ぐるぐると

内側へ外側へえぐり込んで

世界が変わるのを

願う、夢を見る

あるとき

ふと運動をやめて

この機械から外へ出ることを

思いつくのを

願う、夢を見る

飼い殺しの折の中

「木偶」

痛みが分からない痺れた足

いつも手袋をはめているような手

木偶になった手足を引きずって

これから生きなければならない

片目がひかりを失うのは時間の問題と

まだ腕や太もも、胴、頭が残っている

口は食べたり話せるのだが

心も木偶になるのだろうか

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