家族との会話

2016年4月27日 (水)

私の世界・面白い話のネタ―ネコ物語・「最近のチップとチビ、麻雀に興味? ・・のネコ!?」

最近、家内がボケ防止の意味なのか何故か? 麻雀をやることに興味を持ち次男とサンマー(3人麻雀で19を除く一色:家ではピンズを抜く)を始めました。

以前、倅たちがまだ子供の時にお正月などの休みで家族がそろい、かつ何もすることがなく暇な時にトランプやドミノに飽きると、「麻雀でも・・!」となる程度でした。

・・というか、家には骨董品の多分戦前のものと思われる水牛の骨牌の麻雀道具一式があって、私も子供の時から親父やお袋、おばあちゃんたちとお正月が来たら麻雀をするのです。

水牛の骨牌の麻雀道具一式

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それでというか、お正月麻雀は昔から我が家の公式行事みたいになっていましたが、今になって何のお祝い事(お正月の代わり)や人が来るわけでもないのに麻雀をやるというのは若干後ろめたい感じがします。

もちろん、お金を賭けることなしでよくやるなあ!? というのが私の本音ですが、次男と家内はかなり本気、負けるとかならず機嫌が悪くなるのです。

私の方は多少、本気を出さないようにしていますが、彼らは勝てば勝ったで誇らしげに威張る? というか、「おっトン、今日は調子悪いなあ・・!」を言われます。

本気を出すのは大人気ないと言ってもド素人に負けるのも癪、かなり作戦が難しく気が付くと一生懸命にやっている自分が居ます。。

・・で、本題のチップとチビですが、麻雀が始まると必ず見物に来る? というか、「あんたら、何を嬉しそうに遊んでるん・・!?」と邪魔しに? というか、自分も仲間に入れてくれ! と言う感じでチップが来ます。

「あんたら、何してはんの・・?」

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それでもみんなが無視をして麻雀をやっていると、“座り込み”という麻雀阻止行動に移るのです。

「ほっとくと、怒るよ! しかし・・!」と言う感じ。

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余りにも邪魔すると、次男がチップを「こらチップ、どけ・・!!」と怒りながらどかします。

すると、今度はチビが変わりに卓上を蹂躙? というか、一頻りの“行き来”をしに現れるのです。

卓上を“行き来”のチビ。

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不思議なのは、並べた牌を壊さないで上手に歩き回るので、牌がバラバラになって全く麻雀が出来なくなるわけではありません。

ご飯も先輩格のチップが先、麻雀に顔を出すのも順番なのが面白く、ネコの方が人より上下関係を厳しく守り、いわば道徳的なのには驚かされます。

そして二人は仲良しです。

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2014年5月27日 (火)

私の世界・面白い話のネタ―露悪趣味? のアホの話

思春期には思いが走る? というか、変な傾向に凝ることがあります。「犬儒学派」のディオゲネスを知って、「何とすばらしい!・・」と思ってしまったのが身の破滅? の始まりと言うか、内心だけ? ですが、実はシニカルな露悪趣味者の卵だったのです。

良く言うと、権威を振り回す自分や人が極端に嫌いで、そのおかげで大人になってかなり損をしているみたいです。

仲の良い友人にも似た人がいて、さんはかなり年上(15才くらい)ですが、若い頃に良く奢ってもらいました。変なのは、趣味が「うんこの話」と言ってはばかりません。

会社行事の会食でみなが集まって、“上司の挨拶”となると途端に“その話”をしたくなります。普通、人は下品な話は失礼なので我慢するものですが、そういう想念が浮かぶと余計むらむらして、本当に「この“たらこ”は良く見るとウンコみたい・・」を言ってしまうのです。

そんな逸話は彼には一杯あって、お酒を飲みながら聞いていると、ますます尊敬してしまう自分が居るのです。

ところで、朝にヴェトナムの旅行の話があって、「現地の衛生状態は、丁度子供の頃と同じでは・・」と言う話しついでに、「そういえば、阪急の桂駅にも痰壷が・・」を言ってしまいました。

我に帰って気が付くと、家族は食事中で・・OUT!!です。犬ならまだいいのですが、露悪趣味の痩せた豚・・でかつ、アホです。ゴメンナサイ!

ディオゲネス(英: Diogenes、紀元前412年?~紀元前323年)

古代ギリシアの哲学者。アンティステネスの弟子で、ソクラテスの孫弟子に当たる。シノペ生れ。シノペのディオゲネスとも。

犬儒派(キュニコス派)の思想を体現して犬のような生活を送り、「犬のディオゲネス」と言われた。また、大樽を住処にしていたので「樽のディオゲネス」とも言われた。・・・中略

紀元前336年、アレクサンドロス大王がコリントスに将軍として訪れたとき、ディオゲネスが挨拶に来なかったので、大王の方から会いに行った。ディオゲネスは体育場の隅にいて日向ぼっこをしていた。大勢の供を連れたアレクサンドロス大王が挨拶をして、何か希望はないかと聞くと、「あなたにそこに立たれると日陰になるからどいてください」とだけ言った。帰途、大王は「私がもしアレクサンドロスでなかったらディオゲネスになりたい」と言った。死が迫ってきたとき、「私が死んだら、その辺に投げ捨てておくれ」と言った。一説には「河に投げ込んでおくれ」と言った。・・・

<ディオゲネスの逸話>

・外見にまったく無頓着だった。住むところも気にせず、神殿や倉庫で寝て「アテナイ人は自分のために住処を作ってくれる」と言った。あるときは酒樽(大甕)に住んだ。

・広場で物を食べているところを人が見て「まるで犬だ」と罵られたので、「人が物を食っているときに集まってくるお前たちこそ犬じゃないか」と言い返した。食べるのがおかしなことでなければ、どこで食べてもおかしなことではないと主張した。

・同様に、道ばたで公然と自慰をした。「擦るだけで満足できて、しかも金もかからない。こんなに良いことは他にない。」 「食欲もこんなふうに簡単に満たされたらよいのに」と言った。

・オリンピアで優勝した闘技士が美しい女を振り返り見る様を「偉大な闘技士が小娘に首をねじ上げられているよ」とからかった。

・ある人がディオゲネスに物を贈った。人々がその行為を褒めるとディオゲネスは「もらう価値のある俺も褒めてくれ」と言った。

・ある人がサモトラケ島の神殿に感謝の奉納が多いと感心していると「救われなかった人が奉納していたらもっと多かっただろうね」と言った。

・日中にランプをともして「何をしているのだ」と聞かれたとき「人間を探しているのだ」と答えた。

他にも数え切れないほどの逸話があり、シニカルの語源となった思想信条にふさわしい人を食ったものが多い。これらの多くはおそらく、日本の一休噺のように、ディオゲネスに仮託して作られた小話であろう。・・・(=ウィキペディア)

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2014年4月30日 (水)

私の世界・面白い話のネタ―「合わない・・って、問題ないよ、僕らは仲良し友達」(再掲)

ネットの「Odd Stuff Magazine」の写真集から「合わない・・って、問題ないよ、僕らは仲良し友達」:“Unmatched!!! No Matter, We have Strong Friendship…”を選択・編集です。

以前紹介の「Odd Stuff Magazine」にまたまた同じものが出ていて(日付は2012年・・)、仲良しの2人が素敵で見ていると、微笑ましいというか、何か・・? たまらん感じです。

“Odd”のスタッフもそんな感じで再掲と思うのですが、もしかすると、ネタ不足かも? と、人のことは言えません。

二人は一緒

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食事も

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「変?・・てか、ほっといて!」

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話は別に:ふと気が付いたのですが、玄関先の植栽に変な花がありました。

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家内に「牡丹が勝手に、咲いてるよ!・・」と言ったら、「へー・・、牡丹て分かるの?」と妙に関心されました。普通はシャクヤクと間違うのだそうです。

「子供の頃、おばあちゃんと花札をしたので知っている」は止めにしました。なお、勝手に咲いたのではなく鉢を置いたのだそうです。若干、ボタン・・いやボケぎみ。

花札の絵柄が懐かしいのでウィキより紹介

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2013年12月 3日 (火)

私の世界・面白い話のネタ―「亡霊写真のチップ、馬とネコ!?」

ネットの“horsenation.com”と“lovemeow.comから「いろいろな表情の馬とネコの写真」を適当に選択・編集です。

「年賀に!・・」と、馬とネコの写真を探して見ました。馬とネコの写真にチップを合成したものが出来れば!? と思ったのです。

道具が”ペイント”だけなので、かなり苦労して以下のものを作って、家内に見せると・・ 一言、

「亡霊写真みたい・・」

だって。

亡霊写真のチップ

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ムカつくけど、それもそうかも? と、作り直しています。

馬とネコ① これを利用

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馬とネコ②

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馬とネコ③

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馬とネコ④

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馬とネコ⑤

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2013年9月10日 (火)

私の世界・知らない世界―太平洋の海底で世界最大の火山を発見?

ネットのナショナルジオグラフィック・ニュースからです。

数日前に次男が、

「おっとん、知ってるか? 太平洋で巨大な火山の跡がみつかってんてー・・」と言ってきました。

「ジオで見たけど、海の中やし、ブログで紹介するの止めてん・・」

「なんや、そうなん・・」

ジオでニュースは知っていたのですが、3Dの図だけで確認をするにも、海の中なのでマップでは見られないのです。「太陽系の中でも最大級の火山」はすごいのですが、興味が萎えたのです。

昨日ふと、「海上保安庁海洋情報部の「海底地形図」があるのでは?・・」と思いつき、見てみました。

残念ですが、「日本の東方沖およそ1600キロの太平洋」は詳しい「海底地形図」ではありません。

以下は、海上保安庁海洋情報部「海底地形図」のシャツキー海台の位置です。

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シャツキー海台のタム山塊は、「単一の巨大な火山で、その規模はこれまで太陽系内で最大と考えられてきた火星のオリンポス山に匹敵」というもので、「水深6400メートル付近を底面とする丸いドーム状で、面積は約30万平方キロ、頂点は水深約2000メートル」だそうです。

シャツキー海台およびタム山塊(theregister.co.ukより)

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『太平洋の海底で世界最大の火山を発見か

日本の東方沖およそ1600キロの太平洋で、単一の巨大な海底火山が特定された。最新の研究結果によると、底面の広さはアメリカのニューメキシコ州や、イギリスとアイルランドを併せたブリテン諸島の面積に相当する。地球上はおろか、太陽系の中でも最大級の火山であると見られる。

 盾状の海底火山、タム山塊は、小規模な火山が集まってできたと考えられていたが、いずれ見直しを迫られる可能性が出てきた。

 研究を発表したのは、アメリカ、テキサス州にあるヒューストン大学の地質学者ウィリアム・セーガー(William Sager)氏らのグループ。セーガー氏は「タム山塊は単一の巨大な火山で、その規模はこれまで太陽系内で最大と考えられてきた火星のオリンポス山に匹敵する」と述べている。

 主に玄武岩から成り、太平洋北西部の海底台地、シャツキー海台にある。水深6400メートル付近を底面とする丸いドーム状で、面積は約30万平方キロ、頂点は水深約2000メートル。地球上最大の活火山、ハワイのマウナロア山も、その底面の広さは5200平方キロ程度とタム山塊には遠く及ばない。

 研究を始めておよそ20年になるセーガー氏は、この山塊の名付け親でもある。同氏がかつて所属していたテキサスAM大学(Texas A&M University)の頭文字から、「タム(Tamu)」と命名した。

 シャツキー海台が初めて地図に記載されたのは20世紀初頭。セーガー氏によると、「その一帯が巨大な海底山脈であることは知られていたが、その構造や形成過程についてはほとんどわかっていなかった」という。

◆特異な構造を発見

 シャツキー海台は、同時に発達した複数の火山の集合体として形成されたという説が一般的だった。隣接する5つの火山が噴火して生まれたハワイ島とよく似ている。

 だが今回、研究チームがタム山塊の地震データを調べたところ、思いがけない事実に突き当たった。

「中心からあらゆる方向に溶岩が流出した痕跡が見られるが、火山活動の二次的な発生源は見当たらない。これは意外だった」とセーガー氏。

 研究チームはさらに、タム山塊からいくつものコア試料(柱状の地層サンプル)を採取し、化学分析を行った。その結果、構成岩石および形成年代がほぼ同一である可能性が強まる。

 研究チームは、タム山塊が単一の火山で、おそらくは数百年という比較的短い期間に形成されたという結論に至った。またセーガー氏によると、形成後ほどなくして火山活動を休止したという。時期はおよそ14500万年前、ジュラ紀後期から白亜紀前期にかけてと推定される。

 アメリカ、ウィスコンシン大学の地質学者ブライアン・ジチャ(Brian Jicha)氏は次のように語る。「この説が正しいとすれば、タム山塊はまさしく超巨大火山だということになる。海台は世界中に数多く存在する。そのうちのいくつかが火山だとすれば、この研究成果は海台の形成過程に関する常識を覆す可能性すら秘めている」。

 セーガー氏も、さらなる研究が必要だと考えている。「世界には同じような海台が十数カ所程度あるのではないか」。タム山塊よりも大規模な海底火山が存在する可能性も十分考えられるようだ。

シャツキー海台(shatsky rise)

北西太平洋海盆のなかほど(日本の南東)の海底に位置する海台である。地球上で最も大きな火山とされるタム山塊を有する。この海台と火山群は、3つのプレート(太平洋プレート、ファラロンプレート(英語版)、イザナギプレート)の三重会合点において、ジュラ紀後期から白亜紀初期の間に形成したと仮定されている。

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2013年8月 9日 (金)

私の世界・面白い話のネタ―ロシア的短絡思考、電気製品は故障のとき、“洗う”と治る?

テレビの故障は、「水道で洗って、干すと治ることが大いにある」という話はテレビなどでやっていました。

それを真似て、パソコン・キーボードは、時々洗っています。1日天日で干せば、きれいになるのです。何しろ、その前で食事やコーヒー、そして時々“くしゃみ”や“咳”ですから、かなり汚くなっているのです。

昔の話ですが、コンピュータがまだ一般には普及していない頃、女性事務員の人が、掃除のついでに「キーボードを濡れ雑巾で拭いたら壊れた?・・」という話しを良く聞きました。もちろん、電気のコンセントを入れた、オン状態です。

電気を切れば、“電機製品を洗う”は大抵大丈夫のようです。ただし、水分が残っていると“ダメになる”ので、よく乾かす必要があります。

このあいだ、クウォーツの掛け時計? が動かなくなって、家内が困っていたので、「洗ったら、治るかも?・・」と言ってしまいました。

水道の蛇口で、強い水流で洗って、1日干すと次の日、見事に治っていました。何か? ラキー・・!!」 という感じですが、でも「これで、いいのだ!?・・」

ただし、真似をして「洗う」は自己責任でお願いします。治らないことも、あります。

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2013年7月28日 (日)

私の世界・“ロシアだけの世界”、ロシア的合理主義&短絡思考(=嗜好?)<その他編>

yurock.net”の写真集の「ロシアだけの世界」:“Only in Russia. Part 2”から適当に選択・編集の“その他編”です。

ジャマな電柱 ものともせず 後からお家を建てた? と思うのですが、何しろロシア もしかすると家があって、後から電柱?

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部屋に設置 巨大アンテナ

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本来使うべきところ 何故か避ける 多分、心優しき植木屋さんは子供たちのお花壇用に置いておいた?

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何でも使えれば、使う① お風呂?

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何でも使えれば、使う②

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水まわりは一緒に? ロシア的合理性

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話の続き:正直に言って、流石に上はロシア的合理主義&短絡思考を自任するのですが、着いていけません。

それで思い出したのですが、このあいだの朝、使おうとすると洗面が汚れていました。夜中に帰った息子が吐いたようです。

「何で、トイレを使わへんの?・・」と聞いたら、「急に、ムカついて、我慢できひんかった」と言うのです。

彼は“きれい好き?”なので、“トイレで吐く”を躊躇した伏しがあります。

「そんなことしたら、トイレで顔を洗わなあかんことになるよ!・・」と言いそうになって、止めました。 考えただけで、気分が悪くなったのです。

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2013年7月13日 (土)

私の世界・「気分を晴らしてくれる、動物たち?」

続いて“yurock.net”の写真集「可愛くて、奇妙な動物たち」:“Cute And Funny Animals Vol.4”から適当に選択・編集です。

私を含め人は変な趣味を持つものです。昨日も“きれい好き?”の長男に、「オッとんは汚好き過ぎや、風呂に入ったらちゃんと石鹸使ってくれへん!・・頼むし?」と叱られました。ここ何年か風呂はシャワーをして、浸かるだけなのです。肌に良い? と、気にいっているので、止めるわけにもいかず、困りました。

仕方なく、「あんな、別に“批判するな!”という意味ちゃうよ。でも、お前は言うたら居候やン、このうちに居る限りお父さんの好きなようにさしてくれ! 独立して自分の家を作って、お前の好きなようにしたらいいねん。」と言ってしまいました。一応、「分かった!」とは言ったのですが、怒ってるのか心配です。

気を取り直して、「変な趣味」の動物編です。

靴下の臭いフェチ

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「あっ、見んといて」

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カメ好き子ネコ

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“縫いぐるみ”好き、ぬいぐるみ

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主人の椅子で眠ること

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悪(ワル)が趣味

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皆とは違う方向

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オテテつなぎ

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メランコリーな自分

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話しは別に:日本に初めて石鹸が入ってきたのは、種子島への鉄砲伝来と同じころの16世紀頃だそうです。明治も後半になってから、石鹸の価格が下がって庶民も洗顔や入浴、洗濯などに石鹸を使えるようになったそうです。つまり、長い日本史のなかで“風呂で石鹸”は、ほんの最近なのです。野坂昭如さんが「日本人は石鹸を使うようになって、よく風邪を引くようになった」と話していました。彼も“風呂で石鹸は使わない派”だと思います。

ただ、香道などの“匂い文化”があったのは、その“風呂で石鹸”がなかった所為かも知れません。なにしろ、“十二ひとえ”の君は匂った? ようです。石鹸ではなく、お湯が貴重で、お風呂自体余り入らなかった?

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2013年7月 6日 (土)

私の世界・網戸の修理―「ロシア的短絡思考(=嗜好?)・・」

家内が少ないことなのですが、突然、「居間の網戸が破れたので、直してくれへん?・・」と話しかけてきました。

「えっ、網戸?・・」と、少し絶句。

網戸は、以前、新しい網を買ってきて直した経験があるのですが、かなり厄介でした。周囲の止めゴムも、劣化しているはずなのです。

網戸の“破れ”を確認すると、15cmくらいの亀裂です。「何したんやろ?・・」と、少し不安が過ります。

多分、何かのムシ、ゴキブリや蛾の退治に、棒状の何か? を振り回したようです。

家内は、ゴキブリや蛾のような虫を極端に嫌います。そして、「そんなんが“居る”、“入ってくる”は、あんたの所為!」なのです。

まず、いつもの『ガム・テープでは?・・』を考えましたが、かなりの無理があります。(そんなの当たり前で、かなりのアホ)

次に、『分からないように、セロハンを両面テープで貼ろうかな?・・』です。これは実際に試しましたが、両面テープの粘着力も網の凸凹や汚れに勝てません。で、止め・・。

『全体はまだ良好なので、何とか補修で?・・』と考えた末、“網”は“網で修理”が本線という結論に達し、何処かに“余りは?”と探したのです。

酷いことを思いつくのですが、私の寝室の網戸が以前から破れていました。網戸の右上端に10cmの円形の穴で、その分を「ガラス戸を開けなければ?」と放ってあるのです。

「別に、ガラス戸閉めるのやし、下を使ったらええヤン」、我ながら「いいことを思いついた」と、さそく穴の下を切って使うことにしました。

網戸の穴

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ただ、それを貼り付けるのが大変です。最初、「針と糸で縫うつもり」でしたが、かなりの長い時間、家内との共同作業が必要で、止めです。

「細いニクロム線」を思いついて、見事に解決です。上下左右にニクロム線を通せば良いので、23分の共同作業です。(両側からニクロム線を通して、押す必要があり、私は庭に出ました)

完成図

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チップは「見ない振り?」です。

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2013年7月 3日 (水)

私の世界・面白い話のネタ―「イリューシンIl-102の合理性?・・」

ネットの“English Russia.com”の“SOVITET ATTACK PLANE Il-102”という写真集と“ALL THE WORLDS ROTORCRAFT”、ウィキからです。

English Russia.com”でイリューシンIl-102というジェット地上攻撃機の実験機の写真をなんとなく見ていました。

イリューシンIl-102

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ウィキによるとイリューシンIl-102は、スホーイSu-25の方が優っていたので“止め”になったそうです。

スホーイSu-25

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スホーイSu-25は旧ソ連が「アメリカのA-10攻撃機のような存在の攻撃機の必要性を感じた」ので作ったのです。

A-10

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ALL THE WORLDS ROTORCRAFT”の“Ilyushin Aircraft”にイリューシンIl-102の性能表があり、その尾部のGSh-23L連装機関砲の写真で、なかなかの?ものなのです。

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GSh-23L連装機関砲を装備したIl-102の尾部銃塔

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前置きが長かったのですが、イリューシンIl-102の操縦席の写真ですが、よく見ると驚きました。実験機とはいえ、何かチャチイというか、安物感が漂い過ぎです。参考にF-4EJ改ファントムの操縦席の写真を載せておきます。もちろん、同じジェット機とはいえ作ったのはアメリカ、年代も違うものです。

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でも“イリューシン”は、ガムテープのようなものを貼って“隙間の風除け?”で、済ましているように見えるのです。

一方で、「何と、素晴らしい合理性!?・・」と賛同する自分がいます。

私も家族に“ガムテープ親父”と呼ばれているのです。なんとなれば、あらゆる修理を、簡便な“ガムテープを貼るだけ”で済ましてしまうからです。これ自慢と違いますよ!

イリューシンIl-102

イリューシンにより設計されたジェット地上攻撃機の実験機である。スホーイSu-25の方が優っており、本機が採用されることは無かったため数機の試作機が製造されただけだった。1967年にソ連空軍はジェット機版シュトゥルモヴィーク、重装甲地上攻撃機の仕様を作成した。スホーイが全く新しい単座機のSu-25を設計したのに対し、イリューシンは1953年に製造したIl-40の改良版をIl-42の名称で提案した。この機はスホーイのものとは異なり遠隔操作の尾部銃塔を備えた2座の機体であった。Il-42はソ連空軍により却下されたが、イリューシンはこの機をIl-102と名を変え開発を続行することに決めた。静止テスト用の2号機が製造される一方でIl-102の最初の試作機は1982925日に初飛行し、1984年にエンジン寿命が尽きて飛行停止になるまで250回の試験飛行を行った。Il-102の尾部銃塔には連装のGSh-23L機関砲を装備していた。・・・

スホーイSu-25

ソ連のスホーイ設計局が開発した攻撃機(シュトゥルモヴィーク)である。ソ連での愛称はグラーチュ(Грач:ミヤマガラス。ロシアやウクライナに生息する小型のカラスの仲間)。北大西洋条約機構 (NATO) の使用したNATOコードネームは「フロッグフット」 (Frogfoot) であった。アメリカのA-10攻撃機のような存在の攻撃機の必要性を感じたソ連が、スホーイ設計局とヤコヴレフ設計局、イリューシン設計局(Il-102を開発)に対して開発競争を行わせ、スホーイ設計局が開発した機体を採用した。近接支援用の亜音速航空機であるために、主翼は直線翼に近く、前縁の後退角は19度、後縁の後退角はつけられていない。主翼配置は肩翼でエンジンも主翼付け根にあり、A-10の競争試作機であるYA-9と大まかなレイアウトが似ている。固定兵装はAO-17A 30mm2砲身機関砲1門、装弾数は250発。最大4400kgまで爆弾などを搭載できる。搭載エンジンは推力44.18kNのソユース/トゥマーンスキイR-195 ターボジェットエンジン。また、操縦席をチタン合金で補強し、徹底的な防御手段を講じている。アフガニスタン侵攻の初期にはアメリカがムジャヒディーンに提供したスティンガーミサイルによる撃墜が相次いだため、両エンジンの間にチタン板を入れて片方のエンジンが被弾してももう片方のエンジンが影響を受けないように改修した結果、重装甲による高い生存性を証明した(改修後の機体はスティンガーミサイルによる撃墜はないとも言われている)。

A-10

フェアチャイルド・リパブリック社の開発した単座、双発、直線翼を持つアメリカ空軍初の近接航空支援(CAS)専用機。戦車、装甲車その他の地上目標の攻撃と若干の航空阻止により地上軍を支援する任務を担う。公式な愛称は第二次世界大戦中に対地攻撃で活躍したリパブリック P-47に由来するサンダーボルトII(Thunderbolt II)だが、一般にはウォートホッグ(イボイノシシ)やホッグという渾名で広く知られている。二次任務の前線航空管制機として地上攻撃機の誘導に当たる機体はOA-10と呼称される。(=ウィキペディア)

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