知らない世界

2017年6月27日 (火)

私の世界・知らない世界―「ドイツのノイビート(Neuwied)動物園、バーバリライオンの家族・・!?」

ネットのAFPの記事から、「ドイツ西部ノイビート(Neuwied)にある動物園で26日、バーバリライオンの家族の姿が・・」という話で、何はともあれそのAFPの写真ですが、何でこんなにネコ族は魅力的なんでしょう?

ドイツ西部ノイビートにある動物園で飼育される、バーバリライオンの赤ちゃんと父親シュレーダー(2017626日撮影)。(c)AFP/dpa/Thomas Frey

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『赤ちゃん5頭の姿も、バーバリライオンの家族 独動物園

20170627 09:42) 

627 AFP】ドイツ西部ノイビート(Neuwied)にある動物園で26日、バーバリライオンの家族の姿が見られた。419日に同動物園で、雄のシュレーダー(Schroeder)と雌のザル(Zar)のもとに5頭の赤ちゃんライオンが誕生した。(c)AFP

以前にバーバリライオンを調べたときは、「絶滅後混血種の飼育下繁殖は現在でも行われており、フランスの動物園で50頭ほど飼育・・」ということでした。

 ウィキを見直すと、「その後、原産地のモロッコのムハンマド5世の私的動物園で、かつて献上品として捕獲されたバーバリライオン達が飼育され続けており、全世界で確認されている個体数の半数にあたる32頭もの純血種の個体群がまだ生き残っていた事実が判明。2012年に首都ラバトに開園したラバト動物園にて、繁殖の取り組みが行われている。また動物園開業直後には3頭の子ライオンが誕生するという明るいニュースが・・」という話、その子達がドイツのノイビートの動物園(Förderverein Zoo Neuwied)に贈られたのかも知れません。

なお、バーバリライオンの記事は以下です。

http://masaki-knz.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-1458.html

 ウィキよりノイビートの動物園(Förderverein Zoo Neuwied)の様子が分かる写真です。

動物園の入り口と野外のブラックバック、室内展示場

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猿の家や屋外エリアとペンギンプール

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動物園の敷地からエンガー(Engers)集落とミュールハイム=ケルリヒの街を見る(Engers:ライン川の右岸に最古のローマの集落)

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動物たち

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 ・・で、そのノイビートの動物園(Förderverein Zoo Neuwied)の場所とストリートビューですが、バーバリライオンの子供の写真もあります。

イビートの動物園(Förderverein Zoo Neuwied)の場所

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ストリートビューの写真で・・

 

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 ストリートビューの写真のほうが新しそうでで、若干営業妨害(見に行かなくてもよくなりそう?)なので少しだけです。

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2017年6月24日 (土)

私の世界・知らない世界―「中国四川省の地滑り、ついに140人の犠牲者・・!?」

ネットのBBCのニュース記事は、「中国四川省の地滑り、ついに140人の犠牲者」:“China landslide leaves at least 140 missing in Sichuan”がトップとなっていて、いつもの癖で場所が気になりますが原文では“in Xinmo village in Maoxian county”となっています。

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「国家報道によると、中国南西部四川省の地滑りは100人以上の犠牲者が出る恐れがあるという。地元の午前6時(金曜日22:00)に山腹が崩壊した後、Maoxian郡のXinmoで約40軒の家が崩壊し、救助活動が行方不明者を見つけて救出しようとしています。・・・地滑りは、2キロメートル(1.2マイル)の幅で河川を埋め尽くしたと新華社通信が報道。」(BBCより)

 以下はそのBBCの動画、現場の様子を写したものを編集しています。

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 後でAFPの方が詳しいことに気がつき、茂県=Maoxian、新磨=Xinmoと分かり正確には“中国四川省・阿藏族羌族(=アバ・チベット族チャン族)自治州・茂新磨村”となるようです・

 ・・で、その場所をマップで見たものですが、最後の写真はAFPのものです。

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中国・四川省新磨村で土砂崩れの行方不明者を捜索する救助隊員。国営中国中央テレビ(CCTV)の映像より(2017624日撮影)。(c)AFP/CCTV

 AFPは「新磨(Xinmo)村の住宅40棟以上が土砂に埋まった」と報じていますが、完全埋没なのか? 現場写真には建築物らしき欠片も見当たりません。

紛争やテロ、その報復も酷くなる一方で、イギリスのビル火災やポルトガルの山火事など、世界中で良くない事が立て続くのですが、今回の“地滑り”も単なる土砂崩れといえない規模で、M7.0級の地震みたいな被害です。

  そしていつもその犠牲になるのはマイノリティー(私的定義:力の無い貧乏な、アンフェアな扱いを受けている人々)が主なのです。

『中国・四川省で土砂崩れ、140人以上が生き埋め

20170624 14:28) 

624 AFP】(更新、写真追加)中国南西部・四川(Sichuan)省で24日午前6時(日本時間同7時)ごろ、土砂崩れが発生し、地元当局によれば140人以上が生き埋めになった。現在、約500人が出て救助活動が進められている。

 国営新華社(Xinhua)通信は、アバ・チベット族チャン族自治州(Ngawa Tibetan and Qiang Autonomous Prefecture)の「山の一部」が崩れたと報じた。

 同州茂県(Maoxian)当局によると、山腹が崩れて川が2キロ、道路が1.6キロにわたって土砂で埋め尽くされ、新磨(Xinmo)村の住宅40棟以上が土砂に埋まった。これまでに夫婦と赤ちゃんが救助され病院に運ばれた。

 人民日報(People's Daily)は茂県当局者の話として、少なくとも141人と住宅46棟が土砂に埋まったと伝えている。土砂崩れ全体の規模はまだ明らかになっていない。

 救助活動の指揮を執る現地当局者は、この地域で起きた土砂崩れとしては2008年の四川大地震の時以来の大規模なものだと語った。

 地元の警察官は国営中国中央テレビ(CCTV)に対し、現地ではここ数日、強い雨が降っていたと語った。中国の地方や山岳部は土砂崩れが多く、豪雨の際は特にその危険が高まる。(c)AFP/Ludovic EHRET

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2017年6月23日 (金)

私の世界・面白い話のネタ―ネコ物語・「イギリスのネコは昔、中近東やエジプト、リビアからやって来た・・のネコ!?」

ネットのBBCのネコの記事の「ネコはどのように古代の世界を席巻し、生き抜いて来たのか?」:“How cats conquered the ancient world”からですが、前回のネコ物語・「石器時代から飼われ、飼いネコの祖先リビアヤマネコ・・のネコ!?」の続き、ネコ物語・「イギリスのネコは昔、中近東やエジプト、リビアからやって来た・・のネコ!?」という話、内容は同じようなものですが、「今起こっている難民みたい・・」なのとタビー(tabby)君のいい顔にご容赦下さい。(ついでに、適当な翻訳なので間違いもご容赦・・)

とらネコ(タビー:tabby)は賞賛される美しさ

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tabby:縞(しま)模様のとら猫

イギリスの国内のネコは、もともと、野生の猫から飼われた

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その種の主な研究によるとイギリス国内のネコは、最初は中近東、もう一回はエジプトの2つの時代に飼われた野生のネコの子孫です。

中近東の農民は、おそらく約9000年前に野生のネコの飼いならした最初の人々で、その数千年後、海上の貿易ルートに沿って古代エジプトからネコが広がって行きました。今日、ネコは南極大陸を除くすべての大陸に住人です。

科学者たちは、穀物庫に引き寄せられたネズミを狙って農場の周りに居ついた野生のネコが人間との長い関係を始めたと考えています。

そして、ネコはシップ・キャット(船のネコ)として古代の世界全体に非常に効率的に広がり、現在でもその両方の系統のネコが存在しています。

ラットキャッチャーからペットまで

ネコはいつも家の周りにいる怠惰な生き物ではなく、彼らは完全に家畜になる前から、何千年もの間、船や農場でラットキャッチャーとして働きました。

「私は“ネコが人間の会社を選んだ”と言いたいのですが、それは両立していました。両者にとって有益だったのです」とパリにあるジャック・モンド研究所のゲイグル(Geigl)博士は説明します。

この研究では、バイキング墓地、エジプトミイラ、石器時代の遺跡などから採取された200種以上の古代の猫遺跡から、ミトコンドリアDNA(母系に引き継がれる)を抽出しました。

DNAの証拠は、農業が始まった中近東で約9000年前にネコの家畜化が始まったことを示しています。農夫は恐らく野生のネコを飼いならし、そして偶然にまたは意図的に彼らを旅行に連れて行く最初の人々でした。

古代エジプトでは、ネコの飼育の第二の波が起こった。ネコはローマ時代にヨーロッパに広がり、バイキング時代にさらに進んだ。エジプトのネコのDNAはバイキングが屯した港でさえ発見され、ネコは北ヨーロッパへ海上の貿易ルートで運ばれたことが示唆されました。

意外にも、タブビー(tabby:トラネコ)は中世にしか現れず、DNAの証拠によると、14世紀のトルコの西部のネコに、斑点を生じる遺伝子突然変異が出現しました。

数百年にわたり、ネコは実用的なスキル(ネズミ取り)ではなく美しさで賞賛されたので、世界中にタブビー(tabby)が広がりました。

「犬とは対照的に、19世紀になってからはネコの繁殖や選抜がほとんど行われていなかった」とゲイグル博士は語った。 「猫は当初から役立ちました。変更する必要はありませんでした」

今日、さまざまな模様や変わった毛皮を持つ多くの品種のネコ、バンビーノ(Bambino:毛のない短い猫)からコーニッシュレックス(Cornish Rex:羽毛のコートとWhippetのようなボディ)のエキゾチックな品種が含まれています。

バンビーノ(Bambino:毛のない短い猫)

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コーニッシュレックス(Cornish Rex:羽毛のコートとWhippetのようなボディ)

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私的な感想ですが、「まざまな模様や変わった毛皮を持つ多くの品種のネコ」にバンビーノとコーニッシュレックスを取り上げるのは、ゲイグル博士は“ネコ好き”でも、“かなりの変わりもの”好きです。

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2017年6月22日 (木)

私の世界・知らない世界―「子どもが住みやすい国のランキング、日本は16位・・!?」

ネットのCNNのニュースから、「世界の子どもを支援する国際非政府組織(NGO)のセーブ・ザ・チルドレンは、子どもたちが死や暴力、飢えなどに脅かされずに育っている国かどうかを評価した2017年版のランキングを発表・・」と言う話ですが、日本は恥ずかしいことに16位です。

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以下はその国際非政府組織(NGO)のセーブ・ザ・チルドレンのHPにある最新の報告、「奪われた子供時代」の概要です。

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 赤枠で囲みましたが、「日本の子供の相対的貧困率は16.3%、子供の6人に1人は相対的貧困の状態」で、子の貧困は親である働き手=労働者の貧困にあります。これはワーキングシェアーなどとのたまって派遣業(人貸し業)やブラック企業を政策的に生んでしまった現政府の責任です。

 長寿国などとホザキ、少子化対策を何年もやっているのに? この国の政治家は無為・無策、出来る力は有り余っている(今、問題の補助金も・・)のに出来ない、やらないは地獄に落ちるべき所業、それを見過ごしている? 私を含む日本国民も同罪です。

 この国、日本でも戸籍の無い子や未就学児、飢えや虐待、ネグレクトの被害を受けている子供が沢山いるのが現状です。「親が悪い・・」は、聞き飽きた台詞、政治(国)や社会(地方自治・地域)の無策・無為、政策の貧困が主で、まず、教育・育児費(給食費や保育費を含む)や医療費の無償化が最初、ろくでもない補助金や膨大な軍事費をもっと削減すべきです。

  子供を大切にすると、良いことがある社会を作るべきです。それは決して、私のような(選挙権のある)老人ではありません。

ノルウェー:5歳未満で死亡する子どもの割合は0.3%未満

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フィンランド:小中学校に通えない子どもの割合は2%にとどまっている

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オランダ:19歳未満の子どもが殺人の被害に遭う割合は10万人あたり0.3人

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スウェーデン:自転車の乗り方を練習している子ども

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 以下の問題は、日本を含む世界の軍事大国(アメリカ、中国、ロシア、EU、日本など)がその軍事予算(防衛費)の1割でも削減して出せば済むことです。

 まして、この頃蠢き出した武器輸出など論外です。

ニジェール:きれいな水を飲む急性栄養失調の赤ちゃん。5歳までの子どもの43%が発育不全となっている

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アンゴラ:ごみの中からプラスチックなどを集める少年。ここでは、1割以上の子どもが5歳の誕生日を迎えることが出来ない

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マリ:住んでいた村で紛争が起こり、学校に行けなくなった12歳の少女。マリでは、47.3%の子どもが学校に通えていない

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中央アフリカ共和国:難民キャンプで水を運ぶ少年。この国では、19.3%が紛争などにより避難を余儀なくされている

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ソマリア:2カ月の娘を抱く16歳の母親。ソマリアでは若年出産の割合が高く、その割合は15~19歳の少女1000人に対して102.6人。米国は同21.2人、スウェーデンは同5.7人

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『子どもが住みやすい国のランキング、北欧諸国が上位独占

2017.06.21 Wed posted at 20:07 JST

(CNN) 世界の子どもを支援する国際非政府組織(NGO)のセーブ・ザ・チルドレンは、子どもたちが死や暴力、飢えなどに脅かされずに育っている国かどうかを評価した2017年版のランキングを発表した。このランキングによれば、子どもにとって良い国の上位には北欧諸国が多く入った一方、悪い国の上位はアフリカ諸国が独占した。

セーブ・ザ・チルドレンは「子ども時代の終わり」と題したプロジェクトで、世界172カ国について子どもたちの暮らしを奪う要因を調査。5歳未満の子どもの死亡、栄養不良や発育不全、非就学率、児童労働、児童婚、若年出産、紛争による強制移動、子どもの殺人被害という8つの指標を調べ、その平均値を比較した。

その結果、子どもが育ちやすい国のランキングはノルウェーとスロベニアが同点でトップに立った。3位はフィンランド、4位にはオランダとスウェーデンが並んだ。6位以下にはポルトガル、アイルランドが続き、8位がアイスランドとイタリア、10位はベルギーとキプロス、ドイツ、韓国が同点だった。

ワースト1~10位はアフリカ諸国が独占し、最下位は西アフリカのニジェールだった。

日本は16位だった。米国は36位で、ボスニアとロシアの間に位置している。十代の出産件数は米国を含む7カ国で世界全体の半数を占めた。15年の乳幼児の死亡数をみると米国は2万3455人で、欧州40カ国の合計より多かった。

セーブ・ザ・チルドレンの米国での活動を統括するリチャード・ブランド氏は、米国の状況がギリシャやアイルランドなど、経済難に陥った国にさえ後れを取っていることに危機感を示した。

ブランド氏は世界で今年特に目立った問題として、暴力と飢饉(ききん)、強制移動を挙げている。

ニジェールでは5歳未満の子どもの43%に、栄養不足による発育不全がみられた。ワースト4位の中央アフリカでは、全人口の19.3%が紛争で避難を余儀なくされ、子どもたちが兵士として戦闘に駆り出されている。

世界で戦火や迫害から逃れるために移動を強いられている人の数は史上最悪の水準に及んでいると、ブランド氏は指摘する。国民の避難率が最も高かったのはシリアで、65.4%に達した。

15年の時点で世界の不就学児は計2億6300万人、児童労働者は計1億6800万人。2800万人近い子どたちが避難を強いられた。

子どもの殺人被害が多い国の上位10カ国は全て中南米に集中している。犯罪組織や麻薬関連の事件が続発しているためだという。

一方、世界の乳幼児の死亡数は1990年から半減した。妊産婦や新生児への医療支援が成果を挙げているとみられる。

ただ専門家によれば、この報告書は世帯ごとの調査に基づいているため、路上や施設で暮らす子どもが対象に含まれない。実態に比べ、控えめな数字にとどまっているとの指摘もある。

ランキングの上位10位と下位10位は以下の通り。

<良い国>

1位:ルウェー、スロベニア

3位:フィンランド

4位:オランダ、スウェーデン

6位:ポルトガル

7位:アイルランド

8位:アイスランド、イタリア

10位:ベルギー、キプロス、ドイツ、韓国

<悪い国>

1位:ニジェール

2位:アンゴラ

3位:マリ

4位:中央アフリカ共和国

5位:ソマリア

6位:チャド

7位:南スーダン

8位:ブルキナファソ

9位:シエラレオネ、ギニア

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2017年6月21日 (水)

私の世界・面白い話のネタ―ネコ物語・「石器時代から飼われ、飼いネコの祖先リビアヤマネコ・・のネコ!?」

ネットのAFPの記事から、「ネコは古代エジプトを「征服」するはるか以前、石器時代に飼われていたとする研究論文が発表・・」と言う話、それも「原産地を出て世界に拡散した最初の野生ネコで、今日の飼いネコの祖先となったのは、リビアヤマネコ(学名:Felis silvestris lybica)」ということで、今回はネコ物語・「石器時代から飼われ、飼いネコの祖先リビアヤマネコ・・のネコ!?」です。

 ウィキよりそのリビアヤマネコの解説と写真です。

リビアヤマネコ:ヤマネコの一亜種。体長約50-70センチメートル、今日では愛玩用として世界で広く飼育されているイエネコの先祖であると考えられる。アフリカヤマネコとも。リビアヤマネコは131,000年前に、他の亜種から分化されたとされ、アフリカ北部、中近東、アラル海までの西アジアに生息し、げっ歯類などの小型の哺乳類のほか鳥類、爬虫類、昆虫、果実などを捕食対象とする。(=ウィキペディア)

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 リビアヤマネコ(Felis silvestris lybics)はアフリカ北部、中近東、アラル海までの西アジアに生息域(図のピンクのエリア)としています。

2007年のDNA解析によるヤマネコ Felis silvestris 5亜種の分布(ウィキより)

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 図の赤の中国付近の小さなエリアに生息するのはハイイロネコ(別名中国山猫、学名:Felis silvestris bieti)です。

ハイイロネコ(学名:Felis silvestris bieti

中国西部に自生する小型の野生の猫である。ネコ属では最も知られていない種である。2007年に発表された研究によると、ハイイロネコはヤマネコの亜種に近いことが分かり、もしそうであれば学名はFelis silvestris bietiとなる。毛の色を除いて、身体的な特徴はヨーロッパヤマネコと良く似ている。29-40cmの尾を除いた体長は68.5-84cmであり、成獣の重さは4.5-9kgである。毛皮は砂色で、下部は白く、脚と尾には黒い輪の模様がある。チベット自治区、青海省、甘粛省、四川省に点在する森や低木地に分布し、時には砂漠にも現れる。また標高3000mの高さでも生活することができる。ハイイロネコは夜行性でネズミや鳥などを食べる。中国政府に保護されているが、ネズミ捕り用の毒を飲んでしまったり食糧が減ったりしてその存在は脅かされている。

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 蛇足ながらハイイロネコは縞(しま)模様、まだらのぶち模様は以下の良く見るやつです。

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『ネコ家畜化、新石器時代に拡大か DNA研究

20170620 17:17 

620AFP】ネコは古代エジプトを「征服」するはるか以前に、石器時代の農耕民を魅了していたとする研究論文が19日、発表された。DNA分析で明らかになったところによると、これ以降にネコの家畜化と愛玩動物化が世界中に広まっていったのだという。

 原産地を出て世界に拡散した最初の野生ネコで、今日の飼いネコの祖先となったのは、リビアヤマネコ(学名:Felis silvestris lybica)であることが今回、研究で明らかになった。小型で縞模様のある中東産の亜種は全世界に生息地を拡大させるまでに上り詰めた。

 リビアヤマネコは約6000年前、現代のトルコ周辺のアナトリア(Anatolia)地域から船で欧州に渡った可能性が高い。「リビアヤマネコの世界征服は新石器時代に始まった」と、論文の執筆者らは記している。

 石器時代の最終章に当たる新石器時代には、それまで狩猟採集民として各地を放浪していた先史時代の人類が作物の栽培と恒久的な村の構築に初めて着手した時期だ。そして、農耕の始まりとともに収穫物を食い荒らすネズミが現れ、これにネコが引きつけられた。

 米科学誌「ネイチャー・エコロジー・アンド・エボリューション(Nature Ecology and Evolution)」に掲載の論文では、「納屋や村、船上などのネコは古代社会に対して、害獣、特に経済的損失や病気の原因となるげっ歯類の有害動物を駆除する極めて重要な防御手段を提供した」とある。

 研究チームは今回、野生のネコ科動物が現在知られているような、ソファで寝そべるかわいらしい飼いネコに姿を変えた背景にあるものについての論争に終止符を打つべく、埋葬やミイラ化された古代のネコ230匹のDNAを分析した。

 古代エジプトで、像や絵、死骸のミイラなどによって「不滅化」されたネコ科動物が明白な崇拝の対象となっていたことを根拠に、ネコを初めて家畜化したのは紀元前数世紀ごろの古代エジプト人と考える人は多い。しかしその一方で、地中海の島国キプロスにある紀元前7500年の子どもの墓で発見されたネコの骨を、「肥沃な三日月地帯(Fertile Crescent)」の古代文明がエジプトより早くネコを家畜化した証拠として指摘する説もある。

■古代の「ネコブーム」

 今回の詳細なDNA分析の結果によると、家畜化はその両方のおかげであると考えられるようだ。

 論文の共同執筆者で、フランス国立科学研究センター(CNRS)のエバ・マリア・ガイグル(Eva-Maria Geigl)氏はAFPの取材に、リビアヤマネコは紀元前4400年頃に「最初の農耕民が欧州に移住し始めた時期に広まり始めた」と語った。「これは(恐らく古代の交易路をたどると思われる)海路か陸路で、リビアヤマネコが人によって移動していったことを示していると考えられる」

 それから数千年後、今度は古代エジプトのファラオ王朝時代に、リビアヤマネコのエジプト変種が第2の波で欧州とその先へ拡大して「熱狂的流行」を巻き起こしたと、論文の執筆者らは指摘する。そして「エジプト種のネコの熱狂的流行は、古代のギリシャとローマの世界全体からさらにそのずっと先へと、非常に速いペースで拡大した」とした。

 エジプト種のネコはアナトリア原産の近縁種と外見が非常によく似ていたと思われることを考えると、その成功は、性格の「社交性と従順さにおける変化」が後押しした可能性が高いと推察できる。野生ネコは縄張りを単独で行動する狩猟動物で、階層的な社会構造を持たないため、家畜化の対象には適さないと考えられるのだ。

 また、イヌやウマの場合と異なり、外見目的の交配が少なくとも最初の数千年間は行われていなかったことも今回分かった。今日に至るまで、飼いネコは体の構造や機能、動きなどに関して野生の近縁種と酷似している。

 品種改良が開始された当初は、ネコの毛並みが主な対象となっていた。ぶち模様の色合いが初めて遺伝子に記録されるのは西暦5001300年の中世だったことも明らかになっている。

 まだらのぶち模様は今日の飼いネコに多くみられるが、野生ネコには存在せずすべて縞模様だ。ガイグル氏は「ネコの『装飾的な品種』を作るための繁殖計画が始まったのはごく最近の19世紀のことだ」と指摘。そして、それらでさえも「野生ネコとそれほど違っていない」ことを説明した。(c)AFP/Mariëtte Le Roux

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2017年6月20日 (火)

私の世界・面白い話のネタ―「ロシアならではの写真集、パート4・・!?」

ネットのイングリッシュ・ロシア“englishrussia.com”の「ロシアならではの写真集、パート4」:“Only in Russia Photos, Part 4”からロシア的短絡志向(思考・嗜好)の産物、思わず笑ってしまう写真集の一部を選択です

 もっと見たい人は以下で見てください。ただし、何か見辛い? というか、いろいろあるのでガマンする必要があります。何しろ“Only in Russia”です。

http://englishrussia.com/2017/06/18/only-in-russia-photos-part-4-5/

「ロシアならでは・・」の最初は、普通にペットの熊です。

注:解説? というか、コメントを入れていますが、私的解釈ですのでご容赦下さい。

ペットの熊

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“便器に上がるのはダメ!” のマーク

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「ネコに小判」ではなく、『ネコにご飯』

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典型的なロシア的短絡志向(思考・嗜好)、車の修理をガムテープと“葉っぱ”で・・

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階段を押して上げるための自転車用通路・・これは、アリかも?

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“ウンコ爆弾、落とせ!”のサイン

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姿勢を良くする為?・・でも、このまま寝そう

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後ろから当たるは、「プーチンがダメ!」、・・でも、ナンバー消すのは反則

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万能レンチ、使い方に工夫がかなり必要?

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ぼろ家でも、衛生放送は見れるんよ・・何台も!

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ブタをペットにしてまっ・・、屠殺場へ行くのちゃいま!

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何となくエロチックな? ラクダ

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2017年6月18日 (日)

私の世界・知らない世界―「ルイボスティー(茶)って・・!?」

朝のテレビの話ですが、「ルイボスティー(茶)が毛細血管の再生に良い・・」というのです。以前に「シナモンは毛細血管の再生に良い・・」というので続けていて、朝のトーストには必ずシナモンパウダーを振りかけているのです。

シナモンの効果はかなり顕著に出て来て(テレビでは1~2週で効果が出始めると言っていた)、糖尿病性神経症の後遺症? で、去年は夏でも手袋が必要な程手が冷たかったのですが、今はしなくても良くなりました。

・・で、「ルイボスティー(茶)を飲めば相乗効果で、足の潰瘍も良くなるのでは・・?」と、ネットのウィキなどで少し調べてみました。

マメ亜科の一種、ルイボス(Aspalathus linearis)(ウィキより)

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乾燥させたルイボスの葉

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ルイボス茶

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ルイボス入りのリキュール(左)と、ルイボス茶のティーバッグ(右)

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ルイボス農園、南アフリカ共和国のクランウィリアム(en)、20059月の風景

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「セダルバーグ山脈(“Cedarberg Mountain”)以外での栽培は失敗・・」ということで、その南アフリカ共和国西ケープ州のケープタウン北に広がるというセダルバーグ山脈(“Cedarberg Mountain”)の場所です。

セダルバーグ山とその山脈の場所

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 ストリートビューの写真を見ると、特殊な地形や風景は観光にも適しているようです。

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ウィキのルイボス茶の説明では、「ケープ地方の先住民コイサン人は古くからルイボス茶の効能を知っていた」ということです。

コイサン人はカポイドともいう、「南部アフリカに居住するコイコイ人(ホッテントット)とサン人(ブッシュマン)の2民族を総称した人種」のことで、私的にはホッテントットやブッシュマンは映画「コイサンマン」のニカウさんで馴染み深いもの、彼らが古くから使っていたのだから信用します。

カポイド

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 私的には、ルイボスリキュールが手に入ればよいのですが・・!?

ルイボス(Aspalathus linearis

マメ亜科のアスパラトゥス属の一種(1種)。

針葉樹様の葉を持ち、落葉するときに葉は赤褐色になる。南アフリカ共和国は西ケープ州ケープタウンの北に広がるセダルバーグ山脈一帯にのみ自生する。乾燥した30度以上の温度差の高い場所を好むため、セダルバーグ山脈以外での栽培は失敗に終わっている。

<利用>

乾燥させた葉は、茶(ルイボス茶)として利用されるほか、リキュール(ルイボスリキュール)としても楽しまれている。

<ルイボス茶>

葉を乾燥させて作る飲み物は「ルイボス茶(ルイボスティー)」と呼ばれる健康茶の一種である。南アで年間12,000トン(ティーカップ48億杯分)が生産され、半分が輸出されている。ルイボス茶は、現地では rooibos tea もしくは bush tea の名で、また、イギリスでは redbush teaSouth African red teared tea などの名で呼ばれている。

茶は紅茶のように赤く、ほのかに甘みがある。カフェインを含まず、タンニン濃度もごく低いので妊婦や乳児に与えても問題ない。

ルイボスは、フラボノールやフラボンやジヒドロカルコンやビテキシンなどのフラボノイドを含めた多数のフェノール系化合物を含んでおり、抗酸化作用があるとされている。フラボノールとしてクェルセチンを、フラボンとしてルテオリンも含んでいる。ルイボス茶は試験管内でキサンチンオキシダーゼを阻害することが知られているが、生体内での阻害についてははっきりしない。キサンチンオキシダーゼはプリン塩基を尿酸に変換する役割を果たしており、キサンチンオキシダーゼ活性の減少は尿酸の生産量の減少に繋がるため痛風治療の手助けになる。試験管内実験における濃度依存検定実験においてルイボス抽出物は、痛風治療においてキサンチンオキシダーゼ活性阻害に典型的に用いられる薬剤であるアロプリノールの半分以下の阻害効率であった。また、血糖調整作用をもつピニトールも僅かに含む。ビテキシンにはヨード吸収阻害作用があり、多飲するとヨード欠乏症状が発現するおそれがあることがラット実験で証明されている。

ケープ地方の先住民コイサン人(古くは西欧人からはブッシュマンと呼ばれた種族)は古くからルイボス茶の効能を知っており、薬草として採集していた。ケープ地方に入植したオランダ移民はルイボス茶を紅茶の代用品として用いた。南アフリカ共和国では牛や山羊の乳と砂糖を入れてミルクティーにして飲むのが一般的であるが、世界のその他の地域ではそのまま飲むことが多い。南アフリカのカフェでは、ルイボスのエスプレッソやカフェ・ラッテ、カプチーノも人気がある。

カポイド(Capoid

南部アフリカに居住するコイコイ人(ホッテントット)とサン人(ブッシュマン)の2民族を総称した人種概念である。コイサン人種とも呼ばれる。

5人種説ではモンゴロイド、コーカソイド、ネグロイド、オーストラロイドと共に人種群の一つに分類されたが、コンゴイドと共にネグロイドの2大区分の一つとする場合もある。

近年の研究ではミトコンドリアDNAを見ると15万年前から9万年前に他の人種から分岐した形跡があるという。初期ホモ・サピエンスの特徴を残しており、アフリカ最古の人種ともいわれる。

かつてはアフリカ大陸南部に広く分布していたが、バントゥー人の南下に押され、今日ではナミビアからボツワナ、アンゴラ、南アフリカなどカラハリ砂漠周辺に居住する。

<特徴>

他の南部アフリカの人種と同様に頭髪は縮れており、鼻筋が存在せず、広鼻。肌の色は黄褐色。女性の臀部の脂肪が非常に多い「脂臀」という特殊な形質を有する。ただし今は他人種との混血も進んでいる。

身体的特徴ではないが、コイサン語族と呼ばれる吸着音という肺からの呼気に依らない音素を持った特徴的な言語を共通して話す。男性は狩猟、女性は採集の移動生活を営む。

アフリカの最古の住民であると考えられており、最も古くに分岐したY染色体ハプログループA系統が高頻度に見られる。(=ウィキペディア)

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2017年6月17日 (土)

私の世界・知らない世界―「バルト三国って・・・!?」

今日の朝、テレビを見ているとラトビアの旅が出ていて「ラトビアって、バルト三国やん・・!?」と思わず叫び、「ラトビア、リトアニア・・」で詰まり、もう一つが出てきません。仕方なくウィキを見て、エストニアを忘れていることが分かりました。

バルト海の東岸、フィンランドの南に南北に並ぶ3つの国、エストニア、ラトビア、リトアニアはバルト三国と呼ばれますが、国が成立(旧ソ連領)してからまだ30年経たない国、当然ながら団塊の世代は習っていません。

確か、世界史ではこの辺りはドイツ騎士団の領地? くらいの知識、テレビなどの影響か、何と無くバルト海に沿って妖精が住みそうな名前の国があるのは分かっていたのです。

エストニア、ラトビア、リトアニアそれぞれの首都がタリン(都市人口:396,193人)、リガ(725,578人)、ヴィリニュス(540,318人)までは知りませんでした。

バルト三国の場所

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騎士団国家の地図(1260年)(ウィキより)

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ドイツ騎士団国(Deutschordensland):13世紀、バルト湾沿いで北方十字軍の期間、ドイツ騎士団により建国された十字軍国家である。

 ウィキよりエストニアの首都タリンの写真ですが、ストリートビューを見ると、旧市街では観光客の中でセグウェイを利用している人が居るのには驚きです。

エストニアの首都タリンの写真

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セグウェイ (Segway® Personal Transporter, PT)

アメリカの発明家ディーン・ケーメンを中心に開発され、Segway Inc.から発売されている電動立ち乗り二輪車。初期モデル (HT) 開発時のコードネームはジンジャー (Ginger)

ラトビアの首都リガの写真と街の中央にある大規模な中央市場? のような施設です。

ラトビアの首都リガの写真

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リトアニアの首都ヴィリニュスの写真とヴィリニュスにある「スギハラ通り」と命名された通りは杉原千畝さんの功績を讚えるものです。

リトアニアの首都ヴィリニュスの写真

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杉原 千畝(190011日~1986731日)

日本の官僚、外交官である。第二次世界大戦中、リトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、ナチス・ドイツの迫害によりポーランド等欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情。19407月から8月にかけて、外務省からの訓令に反して、大量のビザ(通過査証)を発給し、およそ6,000人にのぼる避難民を救ったことで知られる。その避難民の多くが、ユダヤ系であった。「東洋のシンドラー」などと呼ばれることがある。

【バルト三国】

バルト海の東岸、フィンランドの南に南北に並ぶ3つの国を指し、北から順に、エストニア、ラトビア、リトアニアである。3か国ともに、北大西洋条約機構(NATO)および欧州連合(EU)の加盟国、通貨もユーロでシェンゲン協定(シェンゲン圏)加盟国である。

歴史的に、エストニアやラトビアは北欧諸国やドイツと、リトアニアはポーランドとのつながりが深く、また3か国はロシアとも深く関わってきた.

<民族>

エストニア人は、フィン人と近縁の民族で、エストニア語はフィンランド語と同じウラル語族である。一方、ラトビア人とリトアニア人はバルト系民族(印欧語族バルト語派の話者)である。リトアニアが独自の文化を築いて来たのに比べ、ラトビアはリヴォニアを基礎としていたため、民族の覚醒は19世紀に起こる。これら別個の文化を共通化、また自立化させたのは、中世以来政治的支配を行ってきた少数民族のバルト・ドイツ人であった。

<近代までのエストニアの歴史>

近代まではドイツ語のエストラントという地名が主流であった。フィンランドと同じくフィン・ウゴル系民族である。ヴァイキングに侵攻を受けた後は、ロシア人やデーン人の侵略を受ける。ドイツ騎士団に支配された事もあるが、13世紀にデンマークが領有する。16世紀にリヴォニア戦争が起こると、その支配はスウェーデンに帰する(エストニア公国)。この時代は、スウェーデン・バルト帝国と呼ばれた。18世紀に起きた大北方戦争の結果、ロシア帝国の支配下に入る。

<近代までのラトビアの歴史>

古くは先住民族としてフィン・ウゴル系民族のリーヴ人が居住していたため、リヴォニアと呼ばれた(ドイツ風にリヴラントとも言われる)。13世紀にドイツ騎士団の一組織リヴォニア帯剣騎士団によって征服される。この騎士団は、常軌を逸した侵略行為を行ったため、民族はほぼ浄化され、後発のバルト人に同化された。これ以降、リヴォニアは、ドイツ騎士団、リトアニア、ポーランド王国によって支配を受ける。16世紀、リヴォニア戦争の後にこの地は分断され、南部はクールラント公国となった。17世紀に北部リヴォニアは、スウェーデン領となり、バルト帝国の一州となった。この地も大北方戦争やポーランド分割の後、18世紀に南北ともロシア帝国に帰することとなった。

<近代までのリトアニアの歴史>

中世にリトアニア大公国として栄える。元々は非キリスト教国家だったため、北方十字軍であるドイツ騎士団との抗争が繰り返された。しかしリトアニアはコサックの地であるウクライナ(ポドリア)の領有に成功する。1386年、ドイツ騎士団の侵略に耐えかねたリトアニアはキリスト教を受け入れ、ポーランド王国と同盟を組む。これがいわゆるポーランド・リトアニア連合である。リトアニア人は1430年まで自立していたが、以降ポーランドとの同君連合となり、リトアニアのすべての貴族階級はポーランド文化に同化した。そして1569年のルブリン合同によって、ポーランド・リトアニア共和国という政治的統一体が誕生すると、リトアニアはその構成国の一つとなった。以降のリトアニアはポーランドと運命を共にする。1795年、第3次ポーランド分割によってポーランド・リトアニア連合が消滅した際、現在のリトアニアの大半の地域はロシア帝国に編入された。

<近代以降のバルト三国>

三国ともロシア帝国に支配されていたが、ロシア革命ののち、1918年に三国とも独立を達成した。しかし第二次世界大戦中の独ソ不可侵条約における秘密議定書を発端としてソ連とドイツによる占領が続いた。1940年にソビエト連邦に併合され、ソビエト連邦構成共和国であるエストニア・ラトビア・リトアニアの各「ソビエト社会主義共和国」として連邦政府の強い統制下に置かれた。1941年に始まった独ソ戦によりこの地域はナチス・ドイツの支配を受けたが、1944年から1945年にかけて再びソ連に占領された。戦後、ソ連は自らが得た戦前の旧ポーランド領の一部をリトアニアに編入し、現在に至るバルト三国の国境線が確定した。

1980年代後半、ソ連国内でペレストロイカが進展すると独立回復運動が高まり、1990311日に独立を宣言したリトアニア共和国では19911月にソ連軍との衝突で死者が発生した(血の日曜日事件)。その後、ソ連8月クーデター後の820日にそろって再独立を実現させ、同年12月のソ連崩壊へ大きな影響を与えた。

1991年には北欧理事会の情報事務所がバルト三国に開設されたほか、エストニア、リトアニア、ラトビアのバルト三国は北欧理事会への加盟希望を表明している。

1992年にバルト海諸国理事会が設立されると、三国ともに加盟。理事会は北ヨーロッパとバルト海周辺に位置する諸国による国際的な地域組織として設立・運営され、欧州連合も加盟した。

独立後は概ね三国が共同歩調を取って親米・親西欧の経済・外交政策を展開し、2004329日に三国そろって北大西洋条約機構(NATO)へ加盟した。同年51日には、やはり三国そろって欧州連合(EU)へ加盟した。同日に揃ってシェンゲン協定に調印した。・・・(=ウィキペディア)

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2017年6月13日 (火)

私の世界・知らない世界―「インドのプリーで開催されるラタヤートラ(Ratha Jatra)というお祭り・・!?」

インドのオリッサ州の町プリーで開催されるラタヤートラ(Ratha Jatra)というヒンズー教のお祭りが6月から7月頃にありますがその山車が大きくて凄いのです。

ラタヤートラ【Ratha Jatra

インドのオリッサ州の町プリーで開催される祭り。「ラタ」は「山車(だし)」、「ヤートラ」は「旅」という意味である。クリシュナ神が行った旅を記念し、ジャガンナート像を乗せた山車がジャガンナート寺院から引き出され、数日間にわたって町中を練り歩く。開催時期は6月から7月頃。・・・(=ウィキペディア)

ラタヤートラの山車

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 ・・でその場所をマップで紹介ですが寺院はジャガンナート寺院(Jagannāth Mandir)です。

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 英語のウィキの“Jagannath Temple, Puri”からの山車や寺院の写真を載せましたが、最初はマップのストリートビューです。

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「このラト・ヤートラーが京都の祇園祭の原型になったとも言われている」ということですが、ラト・ヤートラー=山鉾巡行です。

インドから中国を経由下と思うのですが、“山車”は中国では“彩”だそうですが“彩でネット検索すると出てくるのは現代のものばかりです。

Photo

中国にも本来の“山車”があったはずですが・・?

ジャガンナート

ヒンドゥー教の神である。元はインド洋東岸オリッサ地方の土着神だったが、後にヒンドゥー教に習合されヴィシュヌ神の化身の一つであるクリシュナと同一視されるようになった。

オリッサ州の海辺の町プリーにあるジャガンナート寺院(Jagannāth Mandir)の本尊として、兄バララーマ、妹スバドラーと共に祀られていることでも有名である。この地はヒンドゥー教四大聖地の一つに数えられている。

67月(ヒンドゥー暦3月)の9日間、プリーで催されるラト・ヤートラー祭では、ジャガンナートら3人を載せた豪華な装飾が施された巨大な山車(ラト)が大通りに出され、グンディチャー寺院までの約2.7kmの道程を練り歩く。この祭りはクリシュナの故郷帰還を記念するもので、ジャガンナートたちは行進の道すがら、彼らの寺院を建ててくれたおばグンディチャーの家であるマウシマー寺院(Mausimā Mandir)を表敬訪問し、そこで彼の好物であるポーダ・ピター(関西風お好み焼きに少し似た、オリッサ地方の粉もの料理)を振る舞われ、グンディチャー寺院に7日間留まった後、再びジャガンナート寺院へと帰っていくとされる。この神聖な行列を観た者には福徳があると信じられており(ダルシャナ)、山車の周りは毎年大勢の人々でごった返している。

13世紀末~14世紀初期のフランシスコ会宣教師オドリーコ・ダ・ポルデノーネ(Odorico da Pordenone)は、当時のこの祭りについて記録を残している。彼は救済を求め、ジャガンナートの山車に轢かれて死ぬことを望む信者について書き残した。 実際に行進する車輪の前に身を投げ出す信者が後を絶たなかったという。そのためイギリス植民地政府によってこの「飛びこみ自殺」の禁止令が出された。

また このラト・ヤートラーが京都の祇園祭の原型になったとも言われている。大阪・吹田市の国立民族学博物館にはこの山車の巨大なレプリカが展示されている。(=ウィキペディア)

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2017年6月12日 (月)

私の世界・知らない世界―「エンジン収納筒に「大穴」、中国東方機がシドニー空港に引き返す・・!?」

ネットのCNNのニュースから、「中国東方航空のエアバス330―200型機が11日、離陸直後にエンジン部分に不具合が発生し、すぐにシドニーの空港へ引き返す・・」という話で、「乗客乗員に、けが人は出ていない」ということで、一安心です。

以下は、大穴の状況を元の英語のCNNとウィキよりの中国東方航空のエアバスA330-200型機(新塗装)の写真で説明したものです。

収納筒に大きな穴が見つかった

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相当大きな破損は金属の疲労破壊と思われますが、何故そんなことが起こったのか、考えられるのは止め付けビス(ネジ)の不具合? というか、緩くなって振動していたのかも知れません。大きな謎ですが、機体の変化に気づかないのは整備が甘かったのです。ただし、本の原因はエンジンの異常振動や機体の脆弱性が絡んでいます。

飛行機に良く乗ったのは昔なので、中国の航空会社というと記憶にあるのはチャイナエアライン(中華航空)、これは台湾の航空会社で中国東方航空は知りません。相当大規模な航空会社であることは確かです。

 整備の問題は中国東方航空(中国)、機体はエアバス(フランスなど欧州連合の内の4カ国)、エンジンはロールス・ロイスといってもイギリスのロールス・ロイス・ホールディングスに責任があります。

『中国東方機が空港に引き返す、エンジン収納筒に「大穴」

2017.06.12 Mon posted at 11:14 JST

シアトル(CNN) オーストラリア・シドニーから中国・上海を目指して離陸した中国東方航空のエアバス330―200型機が11日、離陸直後にエンジン部分に不具合が発生し、すぐにシドニーの空港へ引き返す出来事があった。着陸後、機体を調査すると、エンジンを収納する筒に「巨大な穴」が空いていることが判明した。

中国国営新華社通信によれば、乗客乗員に、けが人は出ていない。

乗客の1人がCNN系列局に語ったところによると、離陸後に大きな音が聞こえたという。乗客は「誰もパニックになっていなかったが、少し緊張した。物が焼けるようなにおいがした」と語った。

エアバスによれば、今回の出来事を認識しており、調査の支援を行うという。

エンジンの製造メーカー、ロールス・ロイスは声明で、事態を認識しており、原因の把握に向けて関係各所と緊密に連携していると述べた。

シドニーの空港では先月もエンジンの不具合が発生していた。カイロから北京を目指していたエジプト航空の旅客機が、エンジンの不具合を報告した後、離陸を取りやめていた。エンジンのノーズカウルが破損していたという。けが人は出ていない。

【中国東方航空(China Eastern Airlines)】

中華人民共和国の航空会社である。1988年に分割解体された中国民用航空総局(CAAC)の上海管理局を引き継いで誕生。中華人民共和国における国際線および主要国内線を運航し、旧民航系航空会社の中でも最大規模の一社。中国語では略して東航と呼ばれる。・・・

<保有機材>

中国東方航空の機材は以下の航空機で構成されている。 (20158月現在)

エアバスA319-100型機 35

エアバスA320-200型機 154

エアバスA321-200型機 42

エアバスA330-200型機 28

エアバスA330-300型機 15

ボーイング737-300型機 11

ボーイング737-700型機 44

ボーイング737-800型機 53

ボーイング777-300ER型機 8機(20機発注中)

<エアバス(Airbus S.A.S.)>

ヨーロッパ(欧州連合の内の4カ国)の国際協同会社。設立当初の事業体の名称はエアバス・インダストリー G.I.E.(仏: G.I.E. Airbus industrie)であったが、2001年に法人化されて現社名に変更された。民間航空機メーカーとしてのエアバスは、2000年以降親会社の航空防衛企業であるエアバス・グループの子会社として位置づけられていたが、20171月に両社が合併、存続会社名をエアバスとすることで、この関係を解消した。本社はフランス・トゥールーズ。

201731日、経済産業省はエアバスと日本企業の連携を強化する覚書をフランス政府と締結した。・・・

<ロールス・ロイス(Rolls-Royce)>

起源は、19063月にイギリスで設立された製造業者であるロールス・ロイス社 (Rolls-Royce Limited) であるが、現在は相互に独立した以下の二社となっている。

1.1973年に設立され、航空機エンジンや船舶・エネルギー関連機械などを製造・販売しているイギリスの工業メーカー、ロールス・ロイス(→ ロールス・ロイス・ホールディングス)

2.ドイツの自動車会社BMW1998年に設立し、「ロールス・ロイス」ブランドの乗用車を製造・販売している自動車会社(→ ロールス・ロイス・モーター・カーズ)(=ウィキペディア)

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